峽(はざま)

黒蝶

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第3幕

甘々デート★

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「段差あるから気をつけろ」
「...うん」
千夜のワンピースが風に揺れて、少しだけ危うげな色を含んでいる。
『デートに行くならもう少しいい服を着たい』そういう千夜を待っていると、恋人は可愛らしい桜色のワンピースを着てやってきた。
(似合ってるって言った俺の責任か)
内心苦笑しながら、前を歩く千夜を見る。
いつもはどちらかといえばカジュアルな洋服を選ぶのに、どうして今日に限ってこれだったのか。
行く場所を伝えておくべきだったと少しだけ後悔したが、もう遅い。
「わっ...」
「っ、大丈夫か?」
「ありがとう」
俺は少しだけ強引に手を繋ぐ。
「...こうしていれば多少は大丈夫だろ?それに、デートっぽいし...」
「デート...うん、そうだね」
いつもは感情を見せたがらないくせに、こういうときの千夜の笑顔の破壊力は凄まじい。
「...見えたぞ、海」
「人、あんまりいない...真昼のおかげ?」
「どういうことだよ。俺にはそんな権限ないぞ?」
俺はただ、穴場を選んだだけ。
人がこなくて自分が好きな場所を選んだだけなのだ。
「ここ、好きになれそう」
きらきらと光を反射している海を千夜は少し楽しそうに見つめていて、そんな姿にまた見惚れてしまいそうになる。
(笑ってくれてよかった)
「暑いなら、アイスでも食べるか?」
「...うん」
「ここはバニラしかないんだけど、それがとにかく美味いんだ」
「そうなんだ...」
そこまで言ってはっとした。
味が分からない千夜にとって、それはとても傷つくことなのではないか...。
謝ろうとしたそのとき、彼女が笑っていることに気づく。
「真昼が美味しいって言うなら間違いない」
「...なんだよ、それ」
俺を気遣って言ったのか、はたまた本心なのか...とにかく今は感謝しかなかった。
「真昼」
「どうした?」
「口、開けて?」
「なっ...」
流石に人がいないとはいえ、それは想像するだけで恥ずかしい。
「嫌...?」
俺はこの言葉に本当に弱い。
「じゃあ、俺のもやるよ」
「...!」
味は全く同じバニラなはずなのに、どうしてかいつもより甘く感じる。
千夜は頬を真っ赤に染めて、俺の方をじっと見つめる。
「ごめんなさい、いつかやってみたかったんだけど...思ったより恥ずかしかった」
「そんなのお互い様だろ。...それより、吸血欲求は大丈夫か?」
千夜は首を縦にふる。
「ここにくる前、少しだけ吸ってきたから」
「...そうか」
気づけば太陽は真上まできていて、そろそろバイト先に行かないと間に合わないことを察する。
「そろそろ行くぞ。あと、バイトには違う服で行け。...それだと可愛すぎる」
「分かった」
二人手を繋いで階段をゆっくり降りる。
日差しが背後からいつまでも照りつけていた。
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