峽(はざま)

黒蝶

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第3幕

俺の大切な友人★

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「おはようございます」
「お、二人揃ってきたのか」
店長が今にもからかいだしそうになった瞬間、シェフがそれを制止する。
「邪魔をしたら悪いだろう。...この時間帯ならまだ誰もきてないから」
「...?ありがとうございます」
千夜は律儀に礼を言う。
まさかシェフがからかってくるとは思ってなかったので、俺は少しだけ身構えてしまった。
(そういえば、今日はあいつがくるかもしれないな...)
「真昼?」
「ああ、悪い。ちょっと考え事してた」
千夜を心配させる訳にはいかない。
店の準備をしていると、扉が小さくたたかれる音がした。
「お客様、申し訳ありませんがまだ開店時間になっていなくて...」
「分かった、それじゃあここで待たせてもらいます。...ありがとう」
千夜が対応した相手の声は、聞きなれているものだった。
「やっぱりおまえだったか」
「よ、御舟」
千夜は傾げていた首を戻して、その相手をじっと見た。
「真昼のお友だちの、えっと...」
「自己紹介してなかったね。俺は染谷夕日そめやゆうひ。真昼がお世話になってます」
「佐藤千夜です。...真昼がお世話になってます」
「おい、二人してなんで俺の親みたいになってるんだ...」
染谷は声を押し殺して笑っていて、千夜はきょとんとしていた。
(千夜は天然発言だろうが...染谷はわざとだな)
「面白い子だね、佐藤ちゃんって」
「佐藤ちゃん...」
「やめろ、千夜が混乱してる」
千夜が遠慮がちに染谷に告げる。
「あの...女性の方、ですよね?」
「ああ、まあ...一応ね。けど、ちょっとしたことがあって、二度と女らしくはできないんだ」
大学では一緒にいる為忘れがちだが、染谷は女だ。
...ただ、ある出来事がきっかけで男のようにしか振る舞えなくなっている。
「よく気づいたな。あんまりバレたことないのに」
「ごめんなさい、聞かれたくないことだったんじゃ...」
「いいんだ、気にしないで。それから、俺のことは染谷とか名字で呼んでほしい。...名前、女っぽくて好きじゃないから」
「分かりました。それじゃあ...染さん?」
まさかそんな発想をしてくるとは思わなかった俺たちは、顔を見あわせ笑ってしまった。
「私、変なこと言ったかな...」
「佐藤ちゃん、やっぱり面白いね。後で相手してよ。一緒に話そう」
「は、はい」
そこまで聞いていると、店長に呼ばれて俺は席を離れる。
「あの子、御舟の友人だろ?...いつもの席に案内してあげて」
「ありがとうございます」
店長に背を向けると、千夜と楽しそうに話す染谷の姿が見えて目を背けたくなった。
(駄目だ、嫉妬でどうにかなりそうだ...)
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