峽(はざま)

黒蝶

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終幕

溢れる言葉☆

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「...で...でさ...」
色んな人の声が聞こえる。
舞花たちがまだいるのか少し気になるけれど、厨房から出ようとすると足がすくんで動けない。
(なんとか帰ったかどうかだけでも分からないかな...)
もし今、顔を合わせたら...気まずいどころではない。
それに、お店に迷惑をかけるのは嫌だった。
できることなら、心配もかけたくない。
「佐藤」
「は、はい」
「接客、頼んでもいいかな?」
「分かりました」
何が待っていたとしても、頑張ってみよう。
そう思いながら出てみると、そこには染さんの姿があった。
「ご指名だから、よろしく」
「は、はい。こちらへどうぞ」
「ありがとう」
染さんをいつもの席に案内すると、心配そうに揺れる瞳が私の姿を映し出していた。
「その...大丈夫か?何があったのかは分からないけど、何か不安なことがあるなら相談して。俺でよければ、いくらでも力になるからさ」
「ありがとうございます。だけど、今は大丈夫です。ご注文は?」
「そうだな...だし巻き玉子定食!」
染さんらしい注文だなと思いながら、シェフのところに伝えに行く。
そのときにちらっと客席を見てみると、そこに舞花たちの姿はなかった。
(よかった、今はまだ会いたくないから)
たとえ会ったとしても、話はできそうにない。
それに、何も変えられない。
そのとき、からんと音が鳴る。
「い、いらっしゃいませ...」
「いつもの珈琲を頼むよ」
「かしこまりました」
(キリマンジャロ、砂糖は二つ)
常連のお客様が注文するものはだいぶ覚えてきた。
...これで役にたてているだろうか。
「佐藤さん、さっきはありがとうございました」
「いえ、私はただ計算しただけなので」
ただ、レジ打ちができなくなってお会計の計算をしただけ。
「おまたせしました」
「佐藤ちゃん、ありがとな」
ただ、頼まれたものを運んだだけ。
それでも、私の周りはこんなにも沢山のありがとうで満ちている。
そのことが、ただただ嬉しい。
(...あ)
休憩中、少し遠くの方から会いたかった人が歩いてくるのが見える。
「千夜、弁当ありがとな。...美味かった」
「よかった」
真昼の笑顔を見ていると、私まで笑顔になれる。
「染谷が、だし巻き玉子定食美味かったって」
「それは、作ったのがシェフだから...」
「おまえが楽しそうに運んできてくれるのが嬉しかったんだと」
私が笑顔でいると、他の人を笑顔にできる?
(貼りつけた笑顔なのが申し訳ない)
「...そうなんだ」
ありがとうの一言で、こんなにも幸せになれる。
そんな私にできることを、これからもしていこう...そう思った。

ーー吸血欲求は、やっぱり絶え間なく襲ってくるけれど。
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