峽(はざま)

黒蝶

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終幕

番外篇『俺の話』

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「染谷」
「おう、おはよう」
俺は女だ。
男性になりたいわけでもなく、女性が嫌いなわけでもない。
...ただ、この口調が崩れることは一生ないだろう。
『嫌だよ、やめて...助けて!』
ひらひらのスカートの少女、にやにや笑う男...いつもの夢だ。
俺はそれ以降、女の子らしい格好の全てを辞めた。
スカートもワンピースも髪を結ぶのも...全部。
ただ一つだけやめなかったのは、可愛い小物を集めること。
「...大丈夫か?」
「悪い、ちょっとぼうっとしてた」
周りからは色々言われる。
それに耐えられないからと、何人もの人間が離れていった。
それを恨むのは筋違いだということも分かっている。
...分かっているからこそ、この想いをどこにぶつければいいのか分からなかった。
大学に入学するときまで友人として接してくれたのは、御舟だけだった。
中学は同じで、いつもジャージでくる俺を否定しなかった。
高校はスカートを避けられなかったので、服装が自由な通信制にすすんだ。
バイトをしながらだったけど、なんとか勉強と両立して進学できた。
大学で再会した御舟は、なんだか雰囲気が変わっていたのをよく覚えている。
「...これ、千夜が渡しておいてくれって」
「佐藤ちゃんが...」
それは、俺が持つには可愛らしすぎるほどのマスコットだった。
「こういうのが好きそうだからって。...あいつ、すごい時間かけて選んでた」
少しだけ嬉しそうに笑う御舟が、なんだか輝いて見える。
「最近のろけが多くなってきたな」
「...悪い、そんなつもりじゃ、」
「いや、いいんだよ。それだけ幸せだってことだろ?」
御舟は恥ずかしそうに俯いたものの、笑顔だということはよく分かる。
...はじめは、佐藤ちゃんのことを疑っていた。
俺みたいな奴にも普通に接してくれる、いい奴だから。
騙されてるんじゃないかと思った。
けど、会ってみると真っ直ぐな子で...あの子は俺のことを蔑まなかった。
そのうえ、この前は護ってくれた。
あれからしばらく、カフェには行けていない。
「卒業の為のレポート、書けた?」
「...出してきた」
「いいな、おまえは夢があるからな...」
「染谷」
「ん?」
「...おまえにだってあるだろ、夢」
「まあ、そうなんだけど」
俺はこのなりでシステムエンジニアを目指している。
...事務員として所属していたバイト先のエンジニアになりたくて。
それから、夢を与えられる仕事に就きたくて...なんて、ありふれた理由だ。
「インターンからの正式採用枠、とれるといいな」
「ありがとう。とれるように頑張るよ」
これからもきっと、こういう関係が続いていく。
「そうだ、佐藤ちゃんに出掛けられそうな日聞いておいて」
「自分でやれ」
「おまえだってくるだろ?」
途中から絶対にふたりきりにしてやろう、そう思いながらレポートを書き終えた。
友人たちには、幸せになってほしいから...。
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みんなの感想(1件)

ミラクル☆モリワキ

☆こんばんは☆
とてもおもしろかったです。大変な境遇だけどやさしい千代ちゃんと、責任感が強くてかっこいい真昼くん。素敵な希望の物語だなとおもいました~~☆

2018.05.01 黒蝶

さよっぷ3さん、こんばんは。

私の希望をのせた物語になりました。
こうであってほしい、という願いをこめたことはなんとなく覚えています。
千夜は優しくて、真昼は強くて...舞花は一般市民視点、といったところでしょうか。
千夜には真昼がいて、とても羨ましく思います。

素敵、と言っていただけるととてもありがたいです。
続きがほしいという声があれば、また続きを書くつもりではいるので、そのときはまた読んでいただけると嬉しいです。

解除

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