ノーヴォイス・ライフ

黒蝶

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逆境を壊す

第50話

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しばらくふたりでテレビを見て、曲づくりという単語を綺麗さっぱり忘れる。
お茶を飲みながら楽しんだところで、そろそろ蕎麦を温めようと立ちあがった。
「…?」
「ちょっと待ってね」
特番をかけたまま蕎麦の仕上げをして、ふたり分のどんぶりを置いた。
「蕎麦、嫌いじゃなかったらどうぞ。肉そばにしたんだけど…」
「…【ありがとう】」
「どういたしまして。それじゃあ、いただきます」
毎年ひとりで食べていた蕎麦は、桜雪が隣にいるからかとても温かく感じる。
我ながら例年より肉も柔らかい気がした。
「どうかな?美味しい?」
「【すごく美味しいです。年越しそばを食べたことがなかったから…ありがとう】」
「喜んでもらえてよかった」
桜雪のほくほくした笑顔が俺の心をほぐしてくれる。
蕎麦も無理して食べているわけではなさそうなので、その様子に安心した。
「あ、もうすぐカウントダウンだよ」
ぱっと顔を上げると思ったより距離が近くて緊張してしまう。
どう接したらいいか分からなくて、なんだか恥ずかしくなって箸を止めた。
桜雪も緊張しているのか、頬を赤らめてじっとこっちを見ている。
「あ、あの、」
『ハッピーニューイヤー!皆様、今年も良い1年をお過ごしください!』
テレビから流れる陽気な声に思わず笑ってしまった。
桜雪も楽しそうに微笑んでいて、和やかなムードが戻ってくる。
「桜雪は、年越しはどんなふうに過ごしてたの?」
「…【アニメを見ながら、いつの間にか…が、多かったかもしれない。穂さんはどう過ごしていんですか?】」
「俺もアニメ見てたな。録りだめてたやつとか…あとは…」
『霧、今日も盛り上げていこう』
…懐かしい声を思い出して胸が苦しくなる。
あのときあいつはたしかにそこにいた。
それで俺も、まだあの場所で──
「……」
頬をつっつかれてはっとすると、桜雪が心配そうに俺の顔を覗きこんでいる。
「ごめん。時々読んでた本のタイトルが思い出せなくて…。なんだったかな…けど、シリーズものですごく面白いんだ。
読むのがすごく楽しかったってことは覚えてるのに…。今度見つけたら改めて年末年始のおともを紹介させて」
桜雪は不思議そうにしながらも首を縦にふる。
こんなことで誤魔化せたとも思っていないけど、まだ過去を話す勇気はない。
「そろそろ寝ようか。ちょっと寂しい気もするけど…部屋はここを使ってね」
寝具を一式揃えておいてよかった。
部屋に入る前に桜雪はこちらをふりかえって、可愛らしく右手を動かす。
「【おやすみなさい】」
「うん。おやすみ」
桜雪の笑顔が見られた…それだけでいい1年の締めくくりになったと思う。
スマホが鳴った気がしたが、無視して自室のベッドにもぐりこんだ。
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