ノーヴォイス・ライフ

黒蝶

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逆境を壊す

第60話

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「ちょっと散らかってるけどどうぞ」
お言葉に甘えてお邪魔させてもらうと、チューナーが足元に転がっていることに気づく。
「……」
片手で拾って渡すと、穂さんは少し困った表情をしながら受け取ってくれた。
「ありがとう。片づけるのを忘れてた」
「【ギターを弾くんですか?】」
「一応、ちょっとだけなら。桜雪も楽器好き?」
私にできるのは本当に基本的なことだけで、曲もほとんど弾けない。
穂さんのちょっとはどれくらいなんだろう。
演奏しているところを見てみたいとも思ったけど、さっきの曇った表情が頭から離れない。
「ほうじ茶と玄米茶、どっちがいい?」
右手を指さすと、穂さんはにっこり微笑んでほうじ茶を淹れてくれた。
「…楽器、気になる?」
「【少し】」
「だよね…。じゃあ、1曲だけ弾こうかな。ついてきて」
前に入らないでほしいと言われていた部屋の扉を開けた穂さんに手招きされる。
そこには沢山の楽器が並んでいて、所々に努力の結晶が転がっていた。
「【防音室?】」
「そうだよ。だから練習するときはここを使うんだけど、さっきは弦を張り替えてたから…ついでにチューニングもしたんだ」
「【沢山練習しているんだね】」
いくつもの弦に書き込みがされた譜面、ピックや手入れ道具…そして、少し傷がついたギター。
指に巻かれた絆創膏を見ても分かる。
「…【まめ、痛くない?】」
「ちょっと弾いただけなのにできちゃうなんて、しばらく弾いてないとやっぱり駄目だね」
穂さんは苦笑しながらギターを構える。
じゃまにならない位置に座ると、流れてきたのは有名アーティストの曲だった。
「…とまあ、こんな感じかな」
「【すごい!】」
感激するあまり拍手が止められない。
子どもっぽいと思われるかもしれないと思ったけれど、穂さんは私の頭を優しく撫でた。
「ありがとう。そんなに喜んでもらえるとは思ってなかった。そうだ、桜雪も弾いてみる?」
「…【左利き用のギターはありますか?】」
「桜雪って両利きなんだね。またひとつ新しいことを知れた、
左利き用はこれしかないんだけど、大丈夫そう?」
「【ありがとう】」
ギターを受け取って、一応チューニングをする。
同じアーティストの曲を少しだけ弾いてみたけれど、いつもよりぎこちなくなってしまった。
「……」
「もしかして、弦固かった?」
「…【いつもはもう少し上手くできるんだけど、緊張したからかな】」
「ちょっとそこ座って」
後ろから手が伸びてきて、体が密着する。
「こっちの手は柔らかく動かして…もう少し力を抜くと弾きやすくなるよ」
耳元で囁かれる指示ひとつひとつにどきどきしてしまったものの、なんとか1曲弾き終える。
「上手だね」
「【ありがとう】」
「ギターは後で片づけるから、そのまま置いておいて」
穂さんがずっと手を気にしているのが気になったものの、こゆきを迎えに行く時間になったことに気づく。
「【ごめんなさい。こゆきを、】」
「分かった。また今度デートしようね」
穂さんも楽しいと思ってくれただろうか。
連れ帰ったこゆきの写真と一緒に、今日のお礼とまた今度デートしたいという内容のメッセージを送った。
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