16 / 71
約束のスピカ
15頁目
しおりを挟む
流山ははっとした顔をした後、すぐに笑って誤魔化した。
「大丈夫。ちょっと砂が目に入っただけ…」
「見せてみろ」
鞄の中に入れられていたのは図鑑を修復するときに見つけられなかった頁で、乱暴な言葉が書き連ねられているのが目に入る。
「……先に傷を見せてくれ」
「消毒液、痛いでしょ?」
「できるだけ滲みないようにする」
「気をつけてどうにかなるものじゃないと思う…」
いつもより落ちこんでいるように見えるが、理由を尋ねようとしたところで流山が立ちあがる。
「今日はもう帰るね」
「急ぎの用でもあるのか?」
「そういうわけじゃないけど、今はひとりになりたい」
「鞄の中のもののことを教えてくれ」
包帯を巻き終え、できるだけいつもどおりに話しかける。
だが、流山の反応はいつもと違った。
「見えちゃったんだ。見せるつもりなんてなかったのに」
心臓に突き刺さるような冷たい声。
本当に星見る少年と同じかと疑ってしまうほどだ。
「何があった?」
「言いたくない」
「言えない、じゃなくてか?」
手を伸ばしたが、その手はふりはらわれた。
「僕のことはもう放っておいて!」
これまで聞いたことがないような大声で拒絶されてしまう。
思わず固まっていると、流山ははっとした顔をしてそのまま走り去ってしまった。
本当はそんなことをするつもりではなかったという表情は確認できたものの、どうすることもできない。
本来であればここで追いかけるべきだったのだろうが、その場で固まってしまった。
体が鉛のように重く、教室を出る気力もない。
……それからどのくらい時間が経っただろう。
後輩教師が呆然と立ち尽くす俺に声をかけてくれた。
「室星先生、お疲れ様です」
「…ああ、お疲れ」
「大丈夫ですか?」
「少しぼんやりしていただけなんだ。年のせいかな」
なんとか誤魔化したが、ふたりの新米教師は最後まで心配してくれていた。
いつものように星を見に行く気にもなれず、そのまま部屋で休む。
明日になったらまた流山に話しかけてみよう。
だから今はこうして気力を蓄えておくしかない。
…翌日、その考えが間違いだったと気づくことになる。
「おはようございます」
職員室へ入ると、副校長が目を伏せる。
「室星先生、旧校舎へは行かれましたか?」
「いいえ。何かあったんですか?」
「流山君が亡くなりました。…力及ばず申し訳ない」
それから副校長は、自分も家庭訪問に行ったこと、誰も出なかったこと、清掃業者が酷い状態の遺体を見つけたこと…。
それからどんなことを話されたのか覚えていない。
流山が死んだ?しかも、その言い方は、まるで…
「う、うちのクラスのせいじゃないですよ!?」
「この前まで黙ってろって言ってましたよね?副校長先生がいないのをいいことに、管理職の先生方も含めて室星先生を責めてたじゃないですか!」
そんなことはどうでもいい。
どんなに嘆いても流山瞬はもう帰ってこないのだから。
「室星先生、保健室で休んでてください」
「そうですよ。今日は私たちで先生のクラスの仕事をやっておきますから…」
「ああ、悪い。今日はちょっと無理そうだ」
頭が追いつかない状態で、保健室のベッドに体を倒す。
まだ読んでいなかった日記を握りしめ、それに向かって呟いた。
「流山は天文学者になるって言ってただろ?どうしてこんな状況になってるんだよ……」
できればこの苦しい状況から目を逸したかった。
溢れる涙を止められない。
昨日の夜俺が行っていれば、いつものように話せていただろうか。
或いは夕方引き止められていれば…そんなことを考えてももう遅い。
ぼんやりしているところに、葬儀の日程が届けられた。
「大丈夫。ちょっと砂が目に入っただけ…」
「見せてみろ」
鞄の中に入れられていたのは図鑑を修復するときに見つけられなかった頁で、乱暴な言葉が書き連ねられているのが目に入る。
「……先に傷を見せてくれ」
「消毒液、痛いでしょ?」
「できるだけ滲みないようにする」
「気をつけてどうにかなるものじゃないと思う…」
いつもより落ちこんでいるように見えるが、理由を尋ねようとしたところで流山が立ちあがる。
「今日はもう帰るね」
「急ぎの用でもあるのか?」
「そういうわけじゃないけど、今はひとりになりたい」
「鞄の中のもののことを教えてくれ」
包帯を巻き終え、できるだけいつもどおりに話しかける。
だが、流山の反応はいつもと違った。
「見えちゃったんだ。見せるつもりなんてなかったのに」
心臓に突き刺さるような冷たい声。
本当に星見る少年と同じかと疑ってしまうほどだ。
「何があった?」
「言いたくない」
「言えない、じゃなくてか?」
手を伸ばしたが、その手はふりはらわれた。
「僕のことはもう放っておいて!」
これまで聞いたことがないような大声で拒絶されてしまう。
思わず固まっていると、流山ははっとした顔をしてそのまま走り去ってしまった。
本当はそんなことをするつもりではなかったという表情は確認できたものの、どうすることもできない。
本来であればここで追いかけるべきだったのだろうが、その場で固まってしまった。
体が鉛のように重く、教室を出る気力もない。
……それからどのくらい時間が経っただろう。
後輩教師が呆然と立ち尽くす俺に声をかけてくれた。
「室星先生、お疲れ様です」
「…ああ、お疲れ」
「大丈夫ですか?」
「少しぼんやりしていただけなんだ。年のせいかな」
なんとか誤魔化したが、ふたりの新米教師は最後まで心配してくれていた。
いつものように星を見に行く気にもなれず、そのまま部屋で休む。
明日になったらまた流山に話しかけてみよう。
だから今はこうして気力を蓄えておくしかない。
…翌日、その考えが間違いだったと気づくことになる。
「おはようございます」
職員室へ入ると、副校長が目を伏せる。
「室星先生、旧校舎へは行かれましたか?」
「いいえ。何かあったんですか?」
「流山君が亡くなりました。…力及ばず申し訳ない」
それから副校長は、自分も家庭訪問に行ったこと、誰も出なかったこと、清掃業者が酷い状態の遺体を見つけたこと…。
それからどんなことを話されたのか覚えていない。
流山が死んだ?しかも、その言い方は、まるで…
「う、うちのクラスのせいじゃないですよ!?」
「この前まで黙ってろって言ってましたよね?副校長先生がいないのをいいことに、管理職の先生方も含めて室星先生を責めてたじゃないですか!」
そんなことはどうでもいい。
どんなに嘆いても流山瞬はもう帰ってこないのだから。
「室星先生、保健室で休んでてください」
「そうですよ。今日は私たちで先生のクラスの仕事をやっておきますから…」
「ああ、悪い。今日はちょっと無理そうだ」
頭が追いつかない状態で、保健室のベッドに体を倒す。
まだ読んでいなかった日記を握りしめ、それに向かって呟いた。
「流山は天文学者になるって言ってただろ?どうしてこんな状況になってるんだよ……」
できればこの苦しい状況から目を逸したかった。
溢れる涙を止められない。
昨日の夜俺が行っていれば、いつものように話せていただろうか。
或いは夕方引き止められていれば…そんなことを考えてももう遅い。
ぼんやりしているところに、葬儀の日程が届けられた。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
裏切りの代償
中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。
尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。
取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。
自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話
登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。
白苑後宮の薬膳女官
絹乃
キャラ文芸
白苑(はくえん)後宮には、先代の薬膳女官が侍女に毒を盛ったという疑惑が今も残っていた。先代は瑞雪(ルイシュエ)の叔母である。叔母の濡れ衣を晴らすため、瑞雪は偽名を使い新たな薬膳女官として働いていた。
ある日、幼帝は瑞雪に勅命を下した。「病弱な皇后候補の少女を薬膳で救え」と。瑞雪の相棒となるのは、幼帝の護衛である寡黙な武官、星宇(シンユィ)。だが、元気を取り戻しはじめた少女が毒に倒れる。再び薬膳女官への疑いが向けられる中、瑞雪は星宇の揺るぎない信頼を支えに、後宮に渦巻く陰謀へ踏み込んでいく。
薬膳と毒が導く真相、叔母にかけられた冤罪の影。
静かに心を近づける薬膳女官と武官が紡ぐ、後宮ミステリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる