約束のスピカ

黒蝶

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約束のスピカ

15頁目

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流山ははっとした顔をした後、すぐに笑って誤魔化した。
「大丈夫。ちょっと砂が目に入っただけ…」
「見せてみろ」
鞄の中に入れられていたのは図鑑を修復するときに見つけられなかった頁で、乱暴な言葉が書き連ねられているのが目に入る。
「……先に傷を見せてくれ」
「消毒液、痛いでしょ?」
「できるだけ滲みないようにする」
「気をつけてどうにかなるものじゃないと思う…」
いつもより落ちこんでいるように見えるが、理由を尋ねようとしたところで流山が立ちあがる。
「今日はもう帰るね」
「急ぎの用でもあるのか?」
「そういうわけじゃないけど、今はひとりになりたい」
「鞄の中のもののことを教えてくれ」
包帯を巻き終え、できるだけいつもどおりに話しかける。
だが、流山の反応はいつもと違った。
「見えちゃったんだ。見せるつもりなんてなかったのに」
心臓に突き刺さるような冷たい声。
本当に星見る少年と同じかと疑ってしまうほどだ。
「何があった?」
「言いたくない」
「言えない、じゃなくてか?」
手を伸ばしたが、その手はふりはらわれた。
「僕のことはもう放っておいて!」
これまで聞いたことがないような大声で拒絶されてしまう。
思わず固まっていると、流山ははっとした顔をしてそのまま走り去ってしまった。
本当はそんなことをするつもりではなかったという表情は確認できたものの、どうすることもできない。
本来であればここで追いかけるべきだったのだろうが、その場で固まってしまった。
体が鉛のように重く、教室を出る気力もない。
……それからどのくらい時間が経っただろう。
後輩教師が呆然と立ち尽くす俺に声をかけてくれた。
「室星先生、お疲れ様です」
「…ああ、お疲れ」
「大丈夫ですか?」
「少しぼんやりしていただけなんだ。年のせいかな」
なんとか誤魔化したが、ふたりの新米教師は最後まで心配してくれていた。
いつものように星を見に行く気にもなれず、そのまま部屋で休む。
明日になったらまた流山に話しかけてみよう。
だから今はこうして気力を蓄えておくしかない。
…翌日、その考えが間違いだったと気づくことになる。
「おはようございます」
職員室へ入ると、副校長が目を伏せる。
「室星先生、旧校舎へは行かれましたか?」
「いいえ。何かあったんですか?」
「流山君が亡くなりました。…力及ばず申し訳ない」
それから副校長は、自分も家庭訪問に行ったこと、誰も出なかったこと、清掃業者が酷い状態の遺体を見つけたこと…。
それからどんなことを話されたのか覚えていない。
流山が死んだ?しかも、その言い方は、まるで…
「う、うちのクラスのせいじゃないですよ!?」
「この前まで黙ってろって言ってましたよね?副校長先生がいないのをいいことに、管理職の先生方も含めて室星先生を責めてたじゃないですか!」
そんなことはどうでもいい。
どんなに嘆いても流山瞬はもう帰ってこないのだから。
「室星先生、保健室で休んでてください」
「そうですよ。今日は私たちで先生のクラスの仕事をやっておきますから…」
「ああ、悪い。今日はちょっと無理そうだ」
頭が追いつかない状態で、保健室のベッドに体を倒す。
まだ読んでいなかった日記を握りしめ、それに向かって呟いた。
「流山は天文学者になるって言ってただろ?どうしてこんな状況になってるんだよ……」
できればこの苦しい状況から目を逸したかった。
溢れる涙を止められない。
昨日の夜俺が行っていれば、いつものように話せていただろうか。
或いは夕方引き止められていれば…そんなことを考えてももう遅い。
ぼんやりしているところに、葬儀の日程が届けられた。
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