泣けない、泣かない。

黒蝶

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泣けないver.

空に差す、一筋の光

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「...ごめんなさい。ここに来たら迷惑になるって分かっていたのに、結局居場所がなくて...」
詩音は自分に言い聞かせるように小さく告げる。
「気にしないで。頼ってもらえて本当に嬉しかったから。
ただ、今の関係だと隠れて会わないといけないのが辛いけどね」
「...うん」
「でも、だからといって来ないでなんて言うつもりは微塵もないから」
「...ありがとう」
時刻はもう夜の10時、1人で帰らせるのは危ない。
送っていこうかと思っていたそのとき、きゅっと袖を掴まれた。
「詩音?」
「今夜、泊まったら駄目...?」
本当なら断らないといけない。
いくら仮でも、今の僕は詩音の学校の教師なのだから。
だが、もし今ここで断ったら...彼女はどこに向かうのだろうか。
家に帰っても仕方ないからと、以前から何度もネットカフェで見たことがある。
恋人同士になってからは時々ここに泊めて、ごくたまに家まで送るというのを繰り返していた。
「...分かった、いいよ。明日は休みだしね。それに...そんなにぼろぼろになってる詩音に、帰れなんて言えないよ」
「ごめんなさい...」
「これも僕がやりたくてやることだから、君が謝る必要はどこにもないんだよ」
腕の中に閉じこめたまま、いつも貸している部屋のベッドまで誘導する。
「もう遅いから、そのまま横になって。この部屋を最後に掃除したのは一昨日だから、そこまで汚れてないはずだよ。
それじゃあ僕は自室にいるから、何かあったら声をかけて」
出ていこうとすると、後ろから抱きしめられる。
驚いたものの、何を言われるのかは大体予想がついていた。
「お願い、独りにしないで...」
彼女は過去の経験から、1人でいることが苦手だ。
特に、夜はなかなか眠れなくなるらしい。
「ごめん、そうだったね。...手、繋いでいようか」
「いいの?」
「勿論だよ。大丈夫、君が眠るまでちゃんと隣にいるから」
「子どもみたいで、ごめんなさい...」
「気にしないで。誰だって、不安に思うことはあるはずだから」
やがて詩音が目を閉じ、すやすやと寝息をたてはじめる。
僕も目を閉じてみると、少し懐かしい光景が浮かんだ。
『大翔、一緒に寝よう』
『たまにはいいよな、こうやってふたりで話しながら寝るの』
僕につきあってくれているのだと思っていたら、意外と大翔も寂しがり屋で...二人で眺める天井は、いつも違う色のような気がしていた。
「...よし」
僕にはまだやらなければならないことがある。
恋人としてできることは、こうして側にいること。
そして、教師(仮)としてできること、それは...。
絶対に護る。僕より小さな手にそう誓って、そっと部屋を後にした。
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