泣けない、泣かない。

黒蝶

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泣かないver.

バレンタイン当日-お泊まり-

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「どうだった?今日は楽しめたか?」
バスに乗った帰り道、然り気無くそんなことを訊いてみる。
久遠は眠そうにしながら夢見心地といった様子で微笑んだ。
「...いい友だちができてよかったな」
寝ているところを起こさないようにしつつ、俺の肩にもたれかからせる。
まだまだ遠い道をじっと見つめながら、詩音さんに渡すお土産を真剣に選んでいたのを思い出して少し笑ってしまう。
俺だけではきっと彼女をそんなふうに笑わせることはできなかった。
ずっと閉じ籠りっきりで部屋から出られなくなっていた頃が懐かしく感じる。
「久遠、降りないと終点まで行っちゃうぞ」
「うん...え、それは困る」
「次で降りれば大丈夫だから準備しといた方がいい」
「起こしてくれてありがとう。...ん?ブランケット?」
...気づかれるのは嫌だと思っていたのにすっかり忘れていた。
「なんというか、その...いつも寒そうにしてるし、その綺麗に畳んで持ち運べるタイプなら使い勝手がいいかと思ったんだ」
「私にくれるの?」
「そんな可愛い柄、俺は使わない...」
バスから降り、少し歩いたところで抱きしめられる。
「ありがとう!」
「本当はお菓子を用意できればよかったけど、持ち歩くのは無理そうだと思ってやめた」
「私は普通にチョコレートしか用意してないのに...」
「チョコレートを用意してくれたんだろ?」
久遠は無意識のうちに自らを卑下していることがある。
それはやはり、俺が知っている範囲で彼女の身にあったことが原因なのか、それとも別の理由があるのか...。
「そういえば、私お菓子作ってきたんだ。今年はあんまりすごいものを作れなかったけど...」
「スティックチョコ?...長さがこんなに綺麗に揃ってるの、初めて見た」
久遠のことだ、きっと何度も練習してくれたのだろう。
だが、独りで食べるのはなんとなく寂しさを感じる。
「合いそうな紅茶を持ってるから、一緒に食べないか?それで、感想を聞かせてほしい」
「わ、私でよければ」
いつも以上に緊張した様子の久遠を微笑ましく思いながら、カフェでみっちり仕こんでもらったとおりにサーブする。
「ほら、できた」
「いつも思うけど、本当に綺麗な淹れ方だよね」
「バイト先の先輩たちの方が上手いと思うけど...。
悪い、今日はお菓子を用意できなかったうえにブランケットしか用意できなかった」
「私はすごく嬉しかったよ。いつもありがとう」
「...ただ、ホワイトデーはもっと期待しててほしい」
「それじゃあ、私もホワイトデー何か用意しようかな」
そんな会話をしながら、もらったばかりのチョコレートを1本口にいれてみる。
それは、この世界のどんな食べ物にも負けないほど甘かった。
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