泣けない、泣かない。

黒蝶

文字の大きさ
121 / 156
泣かないver.

ようやく渡せたもの

しおりを挟む
「...ほら、できた」
「ありがとう。...迷惑かけちゃったね」
「そんなことはない。俺がそうしたかっただけだから」
そうしてまずは湯船に浸かりに向かう。
何とか風邪は引かずに済みそうだなんて考えつつ、一緒にいられる時間が増えたのは純粋に嬉しい。
「...そろそろあがるか」
体を洗い、できるだけ手短に済ませる。
「悪い。待たせたか?」
「ううん。この子と待っていたら寂しくなかったよ」
久遠は楽しそうにぬいぐるみの手をぱたぱたとさせている。
そんな姿にまた頬が熱くなるのを感じながら髪を乾かす。
...今日だけは、絶対に湯冷めなんかしないような気がした。
「...久遠」
「どうしたの?」
「その、これ...受け取ってくれるか?」
気の利いたことなど言えず、結局真っ直ぐに伝えることしかできない。
「これ、私がもらっていいの?」
「寧ろもらってくれないと困る」
「それじゃあ、開けてみてもいい?」
俺が頷くと、ふたつある箱のうち冷蔵庫に仕舞っておいた方から開けた。
「か、可愛い...!」
「気に入ってもらえたならよかった」
大量のテンプテーションローズを使ったケーキは大好評のようだ。
それを丁寧に再び箱に戻すと、じっと俺を見つめてくる。
「明日の朝までここに仕舞っておく」
「ありがとう。こっちは小さいくまさんと...え、トパーズ!?」
俺は久遠の前に跪き、その小さめの石がついた指輪をそっと嵌めてみる。
「...やっぱりぴったりだ」
「こんなにいいものをもらっていいの?」
「俺は宝石については詳しくないし、これでいいのか分からないけど...久遠に似合う気がしたんだ」
兄貴みたいに完璧ではないし、他の人たちと比べるとそんなに高価なものではない。
...ただ、色が似合いそうだっただけ。
それだけのことなのだ。
「私に似合う、かな?」
「少なくとも俺はそう思う。...いつかここに、別の指輪を渡せる日がくるように頑張る」
先程つけた場所は右手の薬指、俺がとんとんとつついたのは左手の薬指だ。
「...!」
すぐに意味を察知したのか、久遠は真っ赤になったまま俯いてしまった。
そんな姿さえも目に焼きつけておきたいなんて、俺はおかしいのかもしれない。
暴れだしそうな感情を抑えつつ、目の前の体をそっと抱きしめる。
「いつもありがとな」
「大翔...私の方こそありがとう」
ふたりで抱きあい、そっと口づける。
その味は少しだけ涙の味がしたが、それが哀しいものではないことはすぐに分かった。
...これから先、どんなことがあっても彼女の手だけは離せそうにない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

大正ロマン恋物語 ~将校様とサトリな私のお試し婚~

菱沼あゆ
キャラ文芸
華族の三条家の跡取り息子、三条行正と見合い結婚することになった咲子。 だが、軍人の行正は、整いすぎた美形な上に、あまりしゃべらない。 蝋人形みたいだ……と見合いの席で怯える咲子だったが。 実は、咲子には、人の心を読めるチカラがあって――。

灰かぶりの姉

吉野 那生
恋愛
父の死後、母が連れてきたのは優しそうな男性と可愛い女の子だった。 「今日からあなたのお父さんと妹だよ」 そう言われたあの日から…。 * * * 『ソツのない彼氏とスキのない彼女』のスピンオフ。 国枝 那月×野口 航平の過去編です。

退屈令嬢のフィクサーな日々

ユウキ
恋愛
完璧と評される公爵令嬢のエレノアは、順風満帆な学園生活を送っていたのだが、自身の婚約者がどこぞの女生徒に夢中で有るなどと、宜しくない噂話を耳にする。 直接関わりがなければと放置していたのだが、ある日件の女生徒と遭遇することになる。

新しい家族は保護犬きーちゃん

ゆきむらさり
エッセイ・ノンフィクション
〔あらすじ〕📝初めて🐶保護犬ちゃんを迎え入れる我が家。 過去の哀しい実情のせいで人間不信で怯える保護犬きーちゃん。 初日から試行錯誤の日々と保護犬きーちゃんがもたらす至福の日々。 ◇ 🔶保護犬ちゃん達の過去・現在の実情の記述もあります🐾 🔶日々の些細な出来事を綴っています。現在進行形のお話となります🐾 🔶🐶挿絵画像入りです。 🔶拙いエッセイにもかかわらず、HOTランキングに入れて頂き(2025.7.1、最高位31位)ありがとうございます🙇‍♀️

『後宮薬師は名を持たない』

由香
キャラ文芸
後宮で怪異を診る薬師・玉玲は、母が禁薬により処刑された過去を持つ。 帝と皇子に迫る“鬼”の気配、母の遺した禁薬、鬼神の青年・玄曜との出会い。 救いと犠牲の狭間で、玉玲は母が選ばなかった選択を重ねていく。 後宮が燃え、名を失ってもなお―― 彼女は薬師として、人として、生きる道を選ぶ。

月城副社長うっかり結婚する 〜仮面夫婦は背中で泣く〜

白亜凛
恋愛
佐藤弥衣 25歳 yayoi × 月城尊 29歳 takeru 母が亡くなり、失意の中現れた謎の御曹司 彼は、母が持っていた指輪を探しているという。 指輪を巡る秘密を探し、 私、弥衣は、愛のない結婚をしようと思います。

俺と結婚してくれ〜若き御曹司の真実の愛

ラヴ KAZU
恋愛
村藤潤一郎 潤一郎は村藤コーポレーションの社長を就任したばかりの二十五歳。 大学卒業後、海外に留学した。 過去の恋愛にトラウマを抱えていた。 そんな時、気になる女性社員と巡り会う。 八神あやか 村藤コーポレーション社員の四十歳。 過去の恋愛にトラウマを抱えて、男性の言葉を信じられない。 恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。 そんな時、バッグを取られ、怪我をして潤一郎のマンションでお世話になる羽目に...... 八神あやかは元恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。そんな矢先あやかの勤める村藤コーポレーション社長村藤潤一郎と巡り会う。ある日あやかはバッグを取られ、怪我をする。あやかを放っておけない潤一郎は自分のマンションへ誘った。あやかは優しい潤一郎に惹かれて行くが、会社が倒産の危機にあり、合併先のお嬢さんと婚約すると知る。潤一郎はあやかへの愛を貫こうとするが、あやかは潤一郎の前から姿を消すのであった。

処理中です...