7 / 35
6日目
しおりを挟む
この日は土曜日。苦手な場所も午前だけで終わる。
「…最悪だ」
それでもそんな一言が口から出てしまったのには理由がある。
「穂村さん、職員室に来てもらえる?」
「…はい」
こんなふうに言われてしまえば、脱出するのは容易ではない。
だが、ここで行かずに面倒ごとになるのは勘弁だった。
「穂村さん、何か嫌なことでもあったの?」
「いえ、何も」
「進路は決めた?」
「いいえ」
この人たちにそんなことは関係ない。
少なくとも、僕のことなんか知らぬ存ぜぬでいるこの人に何を話しても無駄だ。
「失礼します」
将来の話なんて今の僕には眩しすぎる。
病院までの道、独り息を吐く。空にはうっすら雲がかかっていた。
「掃除終わりました」
一応報告して病院の一角を後にする。
今の僕にはやらなければならないことがあるのだから。
「…いただきます」
それから朝食の残りものを詰めた昼食を摂る。
何を食べてもそんなに味がしないが、今日のはなんとなく上手くできているような気がした。
「空が降って…いや、空を駆けて…」
それから歌詞を少しずつ埋めていくが、これでいいという表現が出てこない。
それに、まだ彼女が探している曲に辿り着けていないのだ。
「奏多さん!」
「…やっぱり来たんだ」
「実は昨日、覚えているメロディーを弾いてみたんです。よければ聞いていただけませんか?」
「僕でよければ」
「ありがとうございます。それでは早速いきますね」
彼女の顔はいきいきしていて、その手は昨日あげたばかりのピアノに置かれる。
どんな曲がくるのかと身構えていると、その手は一気に走り出した。
その演奏に思わず息を呑む。
まるでプロのリサイタルを聴いているかのような感覚に包まれ、黙って見ていることしかできなかった。
「こんな感じの曲です。伝わりましたか?」
「綺麗な曲だった」
「そう言っていただけてよかったです。この病院の中庭で聴いたことがあったんですけど、誰が歌っていたかまでは知らないんです。
見つけられたらきちんとお礼を伝えたくて…勿論、今は奏多さんの歌一筋ですが、あのときの私にとってあの歌が救いでしたから」
「…君は心が綺麗だね」
僕とは違う。話が何もかも眩しくて、ただ姿を直視するだけで苦しい。
「そんなことありませんよ。というより、奏多さんの方が綺麗じゃないですか」
「僕の心が?」
「はい!そうじゃないと、あんなふうには歌えません。それに、心が綺麗だから傷ついているんだと思います」
まさかそんなことを言われるなんて思わなかった。
そんなふうに思ったこともなくて、きっと僕は誰より穢れていると思っていたのに…相変わらず彼女は真っ直ぐだ。
「それでは奏多さん。また明日お会いしましょう」
「…分かった」
今日は歌を聴かせられなかったと後悔しつつ帰路につく。
また明日なんて言葉がこんなに続いているのは想定外だ。
【今日は奏多さんに曲を聴いてもらいました。
あの曲には応援の意味がこめられていたような気がします。
あの方が抱えているのはどんなことなのでしょうか。今日も結局質問することはできませんでしたが、いつか教えてもらえる日がきてほしいです】
「…最悪だ」
それでもそんな一言が口から出てしまったのには理由がある。
「穂村さん、職員室に来てもらえる?」
「…はい」
こんなふうに言われてしまえば、脱出するのは容易ではない。
だが、ここで行かずに面倒ごとになるのは勘弁だった。
「穂村さん、何か嫌なことでもあったの?」
「いえ、何も」
「進路は決めた?」
「いいえ」
この人たちにそんなことは関係ない。
少なくとも、僕のことなんか知らぬ存ぜぬでいるこの人に何を話しても無駄だ。
「失礼します」
将来の話なんて今の僕には眩しすぎる。
病院までの道、独り息を吐く。空にはうっすら雲がかかっていた。
「掃除終わりました」
一応報告して病院の一角を後にする。
今の僕にはやらなければならないことがあるのだから。
「…いただきます」
それから朝食の残りものを詰めた昼食を摂る。
何を食べてもそんなに味がしないが、今日のはなんとなく上手くできているような気がした。
「空が降って…いや、空を駆けて…」
それから歌詞を少しずつ埋めていくが、これでいいという表現が出てこない。
それに、まだ彼女が探している曲に辿り着けていないのだ。
「奏多さん!」
「…やっぱり来たんだ」
「実は昨日、覚えているメロディーを弾いてみたんです。よければ聞いていただけませんか?」
「僕でよければ」
「ありがとうございます。それでは早速いきますね」
彼女の顔はいきいきしていて、その手は昨日あげたばかりのピアノに置かれる。
どんな曲がくるのかと身構えていると、その手は一気に走り出した。
その演奏に思わず息を呑む。
まるでプロのリサイタルを聴いているかのような感覚に包まれ、黙って見ていることしかできなかった。
「こんな感じの曲です。伝わりましたか?」
「綺麗な曲だった」
「そう言っていただけてよかったです。この病院の中庭で聴いたことがあったんですけど、誰が歌っていたかまでは知らないんです。
見つけられたらきちんとお礼を伝えたくて…勿論、今は奏多さんの歌一筋ですが、あのときの私にとってあの歌が救いでしたから」
「…君は心が綺麗だね」
僕とは違う。話が何もかも眩しくて、ただ姿を直視するだけで苦しい。
「そんなことありませんよ。というより、奏多さんの方が綺麗じゃないですか」
「僕の心が?」
「はい!そうじゃないと、あんなふうには歌えません。それに、心が綺麗だから傷ついているんだと思います」
まさかそんなことを言われるなんて思わなかった。
そんなふうに思ったこともなくて、きっと僕は誰より穢れていると思っていたのに…相変わらず彼女は真っ直ぐだ。
「それでは奏多さん。また明日お会いしましょう」
「…分かった」
今日は歌を聴かせられなかったと後悔しつつ帰路につく。
また明日なんて言葉がこんなに続いているのは想定外だ。
【今日は奏多さんに曲を聴いてもらいました。
あの曲には応援の意味がこめられていたような気がします。
あの方が抱えているのはどんなことなのでしょうか。今日も結局質問することはできませんでしたが、いつか教えてもらえる日がきてほしいです】
0
あなたにおすすめの小説
Husband's secret (夫の秘密)
設楽理沙
ライト文芸
果たして・・
秘密などあったのだろうか!
むちゃくちゃ、1回投稿文が短いです。(^^ゞ💦アセアセ
10秒~30秒?
何気ない隠し事が、とんでもないことに繋がっていくこともあるんですね。
❦ イラストはAI生成画像 自作
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】
絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。
下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。
※全話オリジナル作品です。
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
BL 男達の性事情
蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。
漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。
漁師の仕事は多岐にわたる。
例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。
陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、
多彩だ。
漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。
漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。
養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。
陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。
漁業の種類と言われる仕事がある。
漁師の仕事だ。
仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。
沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。
日本の漁師の多くがこの形態なのだ。
沖合(近海)漁業という仕事もある。
沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。
遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。
内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。
漁師の働き方は、さまざま。
漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。
出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。
休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。
個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。
漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。
専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。
資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。
漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。
食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。
地域との連携も必要である。
沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。
この物語の主人公は極楽翔太。18歳。
翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。
もう一人の主人公は木下英二。28歳。
地元で料理旅館を経営するオーナー。
翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。
この物語の始まりである。
この物語はフィクションです。
この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。
春に狂(くる)う
転生新語
恋愛
先輩と後輩、というだけの関係。後輩の少女の体を、私はホテルで時間を掛けて味わう。
小説家になろう、カクヨムに投稿しています。
小説家になろう→https://ncode.syosetu.com/n5251id/
カクヨム→https://kakuyomu.jp/works/16817330654752443761
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる