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7日目
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今日は問診の後すぐに抜け出した。
あの部屋は静かで何もない。今は奏多さんのピアノがあるけど、それ以外はもう何度も読んだ本があるだけだ。
またピアノを弾きたくて屋上まで持ち出した。
「小さくて運びやすいですね、あなたは」
ピアノに話しかけるなんておかしいだろうか。
多分、制服を着ていた奏多さんが来るまでにはまだ時間がある。
この場所を知らなかった頃、検査が嫌で逃げ場にしていた中庭でその音と出会った。
もう1度聴きたいと思っていたのに、次に行ったときにはその場所にあったベンチが老朽化で撤去されていて…。
それでも、心はずっとあの曲に囚われている。
「もういたんだ」
「奏多さん!今日は早いですね。どうしたんですか?」
「学校が休みだから来た。日曜日はここでのバイト以外の予定はないし…」
「病院でお仕事しているんですか!?」
「清掃員だけどね。日曜日は人が少ないからやりやすい」
人が沢山いる場所にいるイメージなんてなかったけど、優しい人だから誰かと出掛けたりするんだと思っていた。
というより、そうする人が多いんじゃないかと勝手に考えていたのかもしれない。
私はそういう生活をしたことがないから分からないけど、奏多さんの生活はどんなものなんだろう。
「だから今日は制服じゃないんですね」
「まあ…そうだね。それより曲を完成させよう」
「今日こそ分かりますかね?」
「頑張って探してみる。約束だから」
口約束だろうが守ろうとしてくれる人は好感を持てる。
…私の周りは嘘つきが多いから。
「歌を聴かせる約束だったけど、リクエストはある?」
「それではこの曲をお願いします」
「…伴奏」
「え?」
「ピアノで伴奏できる?」
「楽譜が読めるわけではないのでなんとなくのものになりますが、それでよければお願いします」
何回か聴いたことがあるくらいの曲ではあるけど、なんとなく弾くことはできた。
「──♪」
隣から聞こえてくるのは相変わらず綺麗な音で、ついピアノを弾く手を止めそうになる。
何度も間違ってしまったものの、なんとか1曲終わった。
「ありがとうございました。こういったことは初めてで楽しかったです」
「…君、上手いね」
「奏多さんにそう言ってもらえるなんて、すごく嬉しいです!ありがとうございます!」
お昼ご飯の前には戻らないといけないから、すぐにピアノを片手に持つ。
「ごめんなさい、もう行かないといけなくて…お昼からもいますか?」
「午後はいないかもしれない」
「分かりました!それではまた明日」
奏多さんに手をふって、ゆっくり階段を降りていく。
もう少ししたら、私も奏多さんと同じようなただの学生になれるだろうか。
彼と同じ学校だったら嬉しいな…なんて思いながら、急いではしごを降りる。
ピアノを掴んでいたはずの手には、それ以外にもうひとつ別のものがおさまっていた。
「これは…」
【いつもバイトをして終わりだったはずなのに、彼女は今日もまた僕の歌を聞きに来てくれた。
楽譜が読めないと言っていたのに、伴奏の音はかなり正確だった。
それが少し楽しいと思うことは許されるだろうか。
あと3回あるはずだった灰色の日曜日が少し変わった。
ただ、どこかで作詞ノートを落としてしまったらしい。明日までに見つけたい】
あの部屋は静かで何もない。今は奏多さんのピアノがあるけど、それ以外はもう何度も読んだ本があるだけだ。
またピアノを弾きたくて屋上まで持ち出した。
「小さくて運びやすいですね、あなたは」
ピアノに話しかけるなんておかしいだろうか。
多分、制服を着ていた奏多さんが来るまでにはまだ時間がある。
この場所を知らなかった頃、検査が嫌で逃げ場にしていた中庭でその音と出会った。
もう1度聴きたいと思っていたのに、次に行ったときにはその場所にあったベンチが老朽化で撤去されていて…。
それでも、心はずっとあの曲に囚われている。
「もういたんだ」
「奏多さん!今日は早いですね。どうしたんですか?」
「学校が休みだから来た。日曜日はここでのバイト以外の予定はないし…」
「病院でお仕事しているんですか!?」
「清掃員だけどね。日曜日は人が少ないからやりやすい」
人が沢山いる場所にいるイメージなんてなかったけど、優しい人だから誰かと出掛けたりするんだと思っていた。
というより、そうする人が多いんじゃないかと勝手に考えていたのかもしれない。
私はそういう生活をしたことがないから分からないけど、奏多さんの生活はどんなものなんだろう。
「だから今日は制服じゃないんですね」
「まあ…そうだね。それより曲を完成させよう」
「今日こそ分かりますかね?」
「頑張って探してみる。約束だから」
口約束だろうが守ろうとしてくれる人は好感を持てる。
…私の周りは嘘つきが多いから。
「歌を聴かせる約束だったけど、リクエストはある?」
「それではこの曲をお願いします」
「…伴奏」
「え?」
「ピアノで伴奏できる?」
「楽譜が読めるわけではないのでなんとなくのものになりますが、それでよければお願いします」
何回か聴いたことがあるくらいの曲ではあるけど、なんとなく弾くことはできた。
「──♪」
隣から聞こえてくるのは相変わらず綺麗な音で、ついピアノを弾く手を止めそうになる。
何度も間違ってしまったものの、なんとか1曲終わった。
「ありがとうございました。こういったことは初めてで楽しかったです」
「…君、上手いね」
「奏多さんにそう言ってもらえるなんて、すごく嬉しいです!ありがとうございます!」
お昼ご飯の前には戻らないといけないから、すぐにピアノを片手に持つ。
「ごめんなさい、もう行かないといけなくて…お昼からもいますか?」
「午後はいないかもしれない」
「分かりました!それではまた明日」
奏多さんに手をふって、ゆっくり階段を降りていく。
もう少ししたら、私も奏多さんと同じようなただの学生になれるだろうか。
彼と同じ学校だったら嬉しいな…なんて思いながら、急いではしごを降りる。
ピアノを掴んでいたはずの手には、それ以外にもうひとつ別のものがおさまっていた。
「これは…」
【いつもバイトをして終わりだったはずなのに、彼女は今日もまた僕の歌を聞きに来てくれた。
楽譜が読めないと言っていたのに、伴奏の音はかなり正確だった。
それが少し楽しいと思うことは許されるだろうか。
あと3回あるはずだった灰色の日曜日が少し変わった。
ただ、どこかで作詞ノートを落としてしまったらしい。明日までに見つけたい】
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