君と30日のまた明日

黒蝶

文字の大きさ
8 / 35

7日目

しおりを挟む
今日は問診の後すぐに抜け出した。
あの部屋は静かで何もない。今は奏多さんのピアノがあるけど、それ以外はもう何度も読んだ本があるだけだ。
またピアノを弾きたくて屋上まで持ち出した。
「小さくて運びやすいですね、あなたは」
ピアノに話しかけるなんておかしいだろうか。
多分、制服を着ていた奏多さんが来るまでにはまだ時間がある。
この場所を知らなかった頃、検査が嫌で逃げ場にしていた中庭でその音と出会った。
もう1度聴きたいと思っていたのに、次に行ったときにはその場所にあったベンチが老朽化で撤去されていて…。
それでも、心はずっとあの曲に囚われている。
「もういたんだ」
「奏多さん!今日は早いですね。どうしたんですか?」
「学校が休みだから来た。日曜日はここでのバイト以外の予定はないし…」
「病院でお仕事しているんですか!?」
「清掃員だけどね。日曜日は人が少ないからやりやすい」
人が沢山いる場所にいるイメージなんてなかったけど、優しい人だから誰かと出掛けたりするんだと思っていた。
というより、そうする人が多いんじゃないかと勝手に考えていたのかもしれない。
私はそういう生活をしたことがないから分からないけど、奏多さんの生活はどんなものなんだろう。
「だから今日は制服じゃないんですね」
「まあ…そうだね。それより曲を完成させよう」
「今日こそ分かりますかね?」
「頑張って探してみる。約束だから」
口約束だろうが守ろうとしてくれる人は好感を持てる。
…私の周りは嘘つきが多いから。
「歌を聴かせる約束だったけど、リクエストはある?」
「それではこの曲をお願いします」
「…伴奏」
「え?」
「ピアノで伴奏できる?」
「楽譜が読めるわけではないのでなんとなくのものになりますが、それでよければお願いします」
何回か聴いたことがあるくらいの曲ではあるけど、なんとなく弾くことはできた。
「──♪」
隣から聞こえてくるのは相変わらず綺麗な音で、ついピアノを弾く手を止めそうになる。
何度も間違ってしまったものの、なんとか1曲終わった。
「ありがとうございました。こういったことは初めてで楽しかったです」
「…君、上手いね」
「奏多さんにそう言ってもらえるなんて、すごく嬉しいです!ありがとうございます!」
お昼ご飯の前には戻らないといけないから、すぐにピアノを片手に持つ。
「ごめんなさい、もう行かないといけなくて…お昼からもいますか?」
「午後はいないかもしれない」
「分かりました!それではまた明日」
奏多さんに手をふって、ゆっくり階段を降りていく。
もう少ししたら、私も奏多さんと同じようなただの学生になれるだろうか。
彼と同じ学校だったら嬉しいな…なんて思いながら、急いではしごを降りる。
ピアノを掴んでいたはずの手には、それ以外にもうひとつ別のものがおさまっていた。
「これは…」

【いつもバイトをして終わりだったはずなのに、彼女は今日もまた僕の歌を聞きに来てくれた。
楽譜が読めないと言っていたのに、伴奏の音はかなり正確だった。
それが少し楽しいと思うことは許されるだろうか。
あと3回あるはずだった灰色の日曜日が少し変わった。
ただ、どこかで作詞ノートを落としてしまったらしい。明日までに見つけたい】
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

Husband's secret (夫の秘密)

設楽理沙
ライト文芸
果たして・・ 秘密などあったのだろうか! むちゃくちゃ、1回投稿文が短いです。(^^ゞ💦アセアセ  10秒~30秒?  何気ない隠し事が、とんでもないことに繋がっていくこともあるんですね。 ❦ イラストはAI生成画像 自作

おじさん、女子高生になる

一宮 沙耶
大衆娯楽
だれからも振り向いてもらえないおじさん。 それが女子高生に向けて若返っていく。 そして政治闘争に巻き込まれていく。 その結末は?

意味が分かると怖い話【短編集】

本田 壱好
ホラー
意味が分かると怖い話。 つまり、意味がわからなければ怖くない。 解釈は読者に委ねられる。 あなたはこの短編集をどのように読みますか?

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

なほ
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模S子。新入社員として入った会社でS子を待ち受ける運命とは....。

処理中です...