君と30日のまた明日

黒蝶

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15日目

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「おはようございます」
「おはようございます」
前に来てくれたときより慣れた手つきで血圧計を腕に巻いてくれた看護師さんは、私を見てただ微笑んだ。
「昨日の方はお友だちですか?」
「そんなところです。どちらかといえば仲間に近いかもしれませんが、どのみち私にとっては大切な相手です」
「そうなんですね」
あまり深く訊かないように言われているのか、それ以上の会話はなかった。
ただ、前回より元気そうな新米さんを見てほっとする。
西田さんが活躍したのかもしれない。
夕方、屋上へ行く前に部屋の冷蔵庫を覗いて飴を取り出す。
奏多さんが来る前に曲の練習もしておきたいし、だけどお茶を飲みたいし…自動販売機の前に立った瞬間、ちらっと彼の姿が目に入った。
「何かあったら相談してくださいね」
「…はい」
名前は知らないけど、たしか精神科の医師だったはずだ。
それじゃあ、やっぱりあの腕の傷は…
「こんなところにいるなんて珍しいね」
「私だって、飲み物くらいは買いに来ますよ。…奏多さんはあのお医者さんの治療を受けているんですか?」
「見られてたのか」
聞かれたくないと思っているなら深く質問しないでおこうと決めていた。
人にされて嫌なことはしないようにって、ずっと前に誰かから教えてもらったから。
「…いい加減僕のことも話しておく。不快だと思ったら言って」
「分かりました」
そんなことは思わないけど、それを言ったら彼を傷つけてしまうような気がして心に仕舞っておく。
「僕は人間関係を築くのが苦手だ。あんまり具体的な話はしたくないんだけど、ちょっと嫌なことがあって…それから人との関係はあんまり深くしないようにしてる。
だけど、君とはもう少し仲良くなりたいって思った。迷惑な話かもしれないけど、一緒に曲だって完成させたい」
「私でいいんですか?」
「森川だからいいんだ。僕を否定しないでくれたし、ちゃんと音が届いていたみたいだから」
奏多さんは不安そうに笑っている。
今の言い方だと、医師の言葉さえも信じられないみたいだ。
それでも、私とは近づきたいと思ってもらえているのは嬉しい。
「私は友だちなんてものがいたことがないんです。だけど、奏多さんの音が心に沁みて…ずっと離れなくなりました」
「…そう」
「だから、私も奏多さんと完成させたいです。勿論仲良くもなりたいです」
「…いいの?」
「はい!そうだ、屋上で待っててもらえませんか?すぐ行きますので」
「分かった。待ってる」
まだ病衣のままだし、早く着替えたい。
「森川」
「なんでしょうか?」
「ありがとう」
その表情からは少しだけ絶望が消えていて、なんだかほっとする。
それから屋上に集まっていつもどおり曲を弾いた。
「それでは奏多さん、また明日」
「うん。また」
今日もいつもどおりの一言で梯子をゆっくり降りていく。
また明日会えるのが楽しみだ。

【今日は森川に少しだけ自分のことを話した。精神科に通院しているなんて言ったら引かれるんじゃないかと考えていたのに、彼女は変わらず接してくれる。
他の誰よりずっと頼りになると思ってしまった。やりたいことがひとつできた。
…友だちができなかったわけではなくいたことがないと話した彼女の瞳に滲んでいた寂しさを、僕の歌でなんとか祓いたい。できるかどうかは別としてやってみようと思う】
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