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24日目
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今日もいつものように、ヘッドホンから流れてくる世界に耳を傾ける。
30分の睡眠時間では流石に体が持ちそうにない。
「穂村、大丈夫か?」
「…通信制のパンフレット、もらえませんか?」
「この学校のってことか?」
ゆっくり頷くと、パンフレット以外の他に使うものリストも持ってきてくれた。
「これ、俺が作ってるんだ。誰かに必要なものなのか?」
「…ありがとうございました」
「顔色が悪いけど大丈夫か?」
その言葉にも頷き、そのまま一礼して廊下を走り抜ける。
早く病院まで行きたい…そのことしか考えていなかった。
「入るよ。…森川?」
もしかすると、具合が悪くて起きあがれないのかもしれない。
内心焦りながら入室した瞬間、目に入ったのは穏やかな寝息をたてる森川だった。
その姿に安堵し、一先ず持ってきたものを広げる。
「…喜んでもらえるといいんだけど」
こういったものと縁がない僕ではできることが限られている。
だからこそ、せいいっぱい彼女がやりたいことを叶えたい。
寝不足のせいか転びそうになり咄嗟に手をつくと、そこから1冊のノートがばらばらと落ちた。
たまたま開いていた頁に目を通し、ただその場に呆然と立ち尽くす。
【今日も検査結果がよくなかった。両親と呼ばれる人たちから連絡が来ていたけど、もう何年会っていないんだろう】
【やっと移植が決まった。素直に嬉しい。元気になったら学校にも行けるのかな?】
【私は元気にならない。多分あの心臓は同じ部屋だった子の方に適合したんだと思う。誰を責めればいいの?】
【私はもう長くない。だったら、同じ部屋に入院する予定だった子が教えてくれた梯子をのぼってみようか】
「なんだよ、これ」
森川はいつも笑っていた。
だが、それは孤独や恐怖と戦い続けながら必死に繕っていたものなのだ。
「あれ、奏多さん?」
表紙にぐるぐると真っ黒な円が描かれているそれを机に戻す。
森川は体をゆっくり起こし、苦笑していた。
「ごめんなさい。読んじゃいましたか?」
「落としたときに開いていた頁だけ…ごめん」
「引いちゃいましたよね。そっちは嫌な感情の日記なんです。いい感情の日記は別のノートに書いているんですよ。
前までは分ける必要なんてなかったんですけど、最近は奏多さんが来てくれるから書くことが増えたんです」
「僕が来るから?」
森川は小さく頷く。
その表情は晴れやかなもので、見ているだけで心が洗われた。
何もできないと思っていたのに、ここに来ることが彼女にとって少しでも希望になるなら明日も必ず会いにくる。
「私はあなたの歌に救われたんです」
「…今日も歌おうか?」
「いいんですか?」
「どの曲でも、知ってるものなら」
「それじゃあ…」
こんな日がいつまで続けられるかなんて分からない。
それでも僕は彼女に歌を贈ろう。…寂しくならないように。
「ありがとうございます。今日も素敵でした」
「そんなふうに言ってくれるのは君くらいだよ」
ふたりで笑いあうのがこんなに楽しいなんて思わなかった。
そうこうしているうちに時間を知らせるチャイムが鳴る。
「そういえば、その袋って何が入っているんですか?」
「ごめん。明日まで預かっててほしい」
「分かりました。それでは奏多さん、また明日」
「…うん、また」
それだけ話して部屋を出る。今泣きたいのは森川だ。
だから、彼女の前ではできるだけ泣きたくない。
明日が平穏な1日であるようにここまで願ったことなんてなかった。
【今日はほとんど寝て過ごしました。奏多さんが歌を聴かせてくれたので、今は少し元気です。
明日まで預かってほしいと言われたこの袋には、一体何が入っているのでしょうか】
30分の睡眠時間では流石に体が持ちそうにない。
「穂村、大丈夫か?」
「…通信制のパンフレット、もらえませんか?」
「この学校のってことか?」
ゆっくり頷くと、パンフレット以外の他に使うものリストも持ってきてくれた。
「これ、俺が作ってるんだ。誰かに必要なものなのか?」
「…ありがとうございました」
「顔色が悪いけど大丈夫か?」
その言葉にも頷き、そのまま一礼して廊下を走り抜ける。
早く病院まで行きたい…そのことしか考えていなかった。
「入るよ。…森川?」
もしかすると、具合が悪くて起きあがれないのかもしれない。
内心焦りながら入室した瞬間、目に入ったのは穏やかな寝息をたてる森川だった。
その姿に安堵し、一先ず持ってきたものを広げる。
「…喜んでもらえるといいんだけど」
こういったものと縁がない僕ではできることが限られている。
だからこそ、せいいっぱい彼女がやりたいことを叶えたい。
寝不足のせいか転びそうになり咄嗟に手をつくと、そこから1冊のノートがばらばらと落ちた。
たまたま開いていた頁に目を通し、ただその場に呆然と立ち尽くす。
【今日も検査結果がよくなかった。両親と呼ばれる人たちから連絡が来ていたけど、もう何年会っていないんだろう】
【やっと移植が決まった。素直に嬉しい。元気になったら学校にも行けるのかな?】
【私は元気にならない。多分あの心臓は同じ部屋だった子の方に適合したんだと思う。誰を責めればいいの?】
【私はもう長くない。だったら、同じ部屋に入院する予定だった子が教えてくれた梯子をのぼってみようか】
「なんだよ、これ」
森川はいつも笑っていた。
だが、それは孤独や恐怖と戦い続けながら必死に繕っていたものなのだ。
「あれ、奏多さん?」
表紙にぐるぐると真っ黒な円が描かれているそれを机に戻す。
森川は体をゆっくり起こし、苦笑していた。
「ごめんなさい。読んじゃいましたか?」
「落としたときに開いていた頁だけ…ごめん」
「引いちゃいましたよね。そっちは嫌な感情の日記なんです。いい感情の日記は別のノートに書いているんですよ。
前までは分ける必要なんてなかったんですけど、最近は奏多さんが来てくれるから書くことが増えたんです」
「僕が来るから?」
森川は小さく頷く。
その表情は晴れやかなもので、見ているだけで心が洗われた。
何もできないと思っていたのに、ここに来ることが彼女にとって少しでも希望になるなら明日も必ず会いにくる。
「私はあなたの歌に救われたんです」
「…今日も歌おうか?」
「いいんですか?」
「どの曲でも、知ってるものなら」
「それじゃあ…」
こんな日がいつまで続けられるかなんて分からない。
それでも僕は彼女に歌を贈ろう。…寂しくならないように。
「ありがとうございます。今日も素敵でした」
「そんなふうに言ってくれるのは君くらいだよ」
ふたりで笑いあうのがこんなに楽しいなんて思わなかった。
そうこうしているうちに時間を知らせるチャイムが鳴る。
「そういえば、その袋って何が入っているんですか?」
「ごめん。明日まで預かっててほしい」
「分かりました。それでは奏多さん、また明日」
「…うん、また」
それだけ話して部屋を出る。今泣きたいのは森川だ。
だから、彼女の前ではできるだけ泣きたくない。
明日が平穏な1日であるようにここまで願ったことなんてなかった。
【今日はほとんど寝て過ごしました。奏多さんが歌を聴かせてくれたので、今は少し元気です。
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