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28日目
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「お疲れ様でした」
いつもより早く仕事を切り上げ、そのまま森川のところに向かう。
「…来たよ」
「奏多さん」
森川は体を起こし、真っ直ぐこちらを見る。
その声には以前のような明るさがない。
「今日は体調悪くない?」
「はい。元気いっぱいですよ。さっきまでピアノを弾いていたんです」
部屋で弾くのは迷惑になると話していたのに、実行できたということは病院から許可がおりたのだろうか。
ただ、その事実は今の僕にとって残酷以外何物でもない。
「…掴まってて」
「はい」
点滴をしていないことを確認して、そのまま空に向かって連れて行く。
「着いたよ」
「すごく晴れてますね…。だけど、雲が少しあるおかげで日差しが痛くありません」
「着眼点そこなんだ」
森川におろしてほしいと言われてそれに従う。
「奏多さん」
「どうしたの?」
「一緒に歌ってもらえませんか?」
「…どの曲?」
森川が見せてくれたのは、歌詞ノートと書かれた可愛らしいファイルだ。
ぱらぱらと頁をめくり、ある曲のところで止まる。
「これです」
「ちょっとだけ練習させて」
「ありがとうございます。私も練習しますね」
雨上がりの空を見つめる少年と星を追う少女の話…といったところだろうか。
星降る町 瞬く空 どこまでも行けそうだ
広がる海 煌く道 君の側まで続いてる
朧気にしか覚えていなかった言葉を紡ぎ、そのまま形にしていく。
「…やっぱり私、奏多さんの歌が好きです」
「僕は君の歌が好き」
「え、そうだったんですか!?」
「前から思ってた。自分では分かってないかもしれないけど、君の歌はすごく綺麗だ」
森川はぽかんと口を開けていたが、やがてくすくすと笑いはじめた。
「何か面白いことでもあった?」
「歌を褒められたことなんてなかったんです。だから少し驚いてしまって…。
それから、奏多さんに褒めてもらえたことが嬉しくて仕方ないんです」
僕の言葉ひとつにそこまで感じ取ってくれるなんて嬉しい、なんて言ったら気味悪がられてしまうだろうか。
「あ…」
「どうかした?」
「ごめんなさい。そろそろ往診の時間なのをすっかり忘れてました」
腕時計の針を見つめた森川は慌てた様子で話す。
彼女を抱え、病室へと急いだ。
「彩ちゃん、入るよ」
「今日は西田さんと山岡さんが来てくれたんですね。ありがとうございます」
森川は人に対して優しい。そういうところが相手に慕われる理由だと思う。
「それでは奏多さん、また明日」
「…うん。また」
明日の学校はどうしようか…そんなことを考えていると、森川を診察していた医者が通りかかる。
「穂村奏多さんですか?」
「そうですけど…」
「少しお話よろしいでしょうか?」
首を縦にふり大人しくついていく。
相手の優しい表情とは裏腹に、その場所で残酷な言葉が放たれた。
「森川彩さんなんだけど…次発作がおきたら危ないかもしれない。
君にも彼女にもこんなことを言わないといけないなんて、本当に申し訳ない」
それから頭が真っ白で、沢山のことを言われた気はするが内容を覚えていない。
顔をあげた瞬間、無慈悲な鐘が鳴り響いた。
「宿泊の許可は出します。だから、穂村さんに来てもらえればと考えています」
「僕でいいんですか?彼女のご家族は何をして…」
医師は複雑な表情を浮かべながら、意識的に声の温度を殺すように言葉を並べた。
「もう何年もここにはいらしていません。病状を電話で伝えることはあっても、直接会いに来てはいないんです」
【今日は奏多さんと一緒に歌いました。とても気分が晴れやかになりました。
もっとこんなふうに楽しいことがしたかった。奏多さんと一緒に色々なことをやりたかった。
でも、私はもう……(文字がかすれていてこの先は読めない)】
いつもより早く仕事を切り上げ、そのまま森川のところに向かう。
「…来たよ」
「奏多さん」
森川は体を起こし、真っ直ぐこちらを見る。
その声には以前のような明るさがない。
「今日は体調悪くない?」
「はい。元気いっぱいですよ。さっきまでピアノを弾いていたんです」
部屋で弾くのは迷惑になると話していたのに、実行できたということは病院から許可がおりたのだろうか。
ただ、その事実は今の僕にとって残酷以外何物でもない。
「…掴まってて」
「はい」
点滴をしていないことを確認して、そのまま空に向かって連れて行く。
「着いたよ」
「すごく晴れてますね…。だけど、雲が少しあるおかげで日差しが痛くありません」
「着眼点そこなんだ」
森川におろしてほしいと言われてそれに従う。
「奏多さん」
「どうしたの?」
「一緒に歌ってもらえませんか?」
「…どの曲?」
森川が見せてくれたのは、歌詞ノートと書かれた可愛らしいファイルだ。
ぱらぱらと頁をめくり、ある曲のところで止まる。
「これです」
「ちょっとだけ練習させて」
「ありがとうございます。私も練習しますね」
雨上がりの空を見つめる少年と星を追う少女の話…といったところだろうか。
星降る町 瞬く空 どこまでも行けそうだ
広がる海 煌く道 君の側まで続いてる
朧気にしか覚えていなかった言葉を紡ぎ、そのまま形にしていく。
「…やっぱり私、奏多さんの歌が好きです」
「僕は君の歌が好き」
「え、そうだったんですか!?」
「前から思ってた。自分では分かってないかもしれないけど、君の歌はすごく綺麗だ」
森川はぽかんと口を開けていたが、やがてくすくすと笑いはじめた。
「何か面白いことでもあった?」
「歌を褒められたことなんてなかったんです。だから少し驚いてしまって…。
それから、奏多さんに褒めてもらえたことが嬉しくて仕方ないんです」
僕の言葉ひとつにそこまで感じ取ってくれるなんて嬉しい、なんて言ったら気味悪がられてしまうだろうか。
「あ…」
「どうかした?」
「ごめんなさい。そろそろ往診の時間なのをすっかり忘れてました」
腕時計の針を見つめた森川は慌てた様子で話す。
彼女を抱え、病室へと急いだ。
「彩ちゃん、入るよ」
「今日は西田さんと山岡さんが来てくれたんですね。ありがとうございます」
森川は人に対して優しい。そういうところが相手に慕われる理由だと思う。
「それでは奏多さん、また明日」
「…うん。また」
明日の学校はどうしようか…そんなことを考えていると、森川を診察していた医者が通りかかる。
「穂村奏多さんですか?」
「そうですけど…」
「少しお話よろしいでしょうか?」
首を縦にふり大人しくついていく。
相手の優しい表情とは裏腹に、その場所で残酷な言葉が放たれた。
「森川彩さんなんだけど…次発作がおきたら危ないかもしれない。
君にも彼女にもこんなことを言わないといけないなんて、本当に申し訳ない」
それから頭が真っ白で、沢山のことを言われた気はするが内容を覚えていない。
顔をあげた瞬間、無慈悲な鐘が鳴り響いた。
「宿泊の許可は出します。だから、穂村さんに来てもらえればと考えています」
「僕でいいんですか?彼女のご家族は何をして…」
医師は複雑な表情を浮かべながら、意識的に声の温度を殺すように言葉を並べた。
「もう何年もここにはいらしていません。病状を電話で伝えることはあっても、直接会いに来てはいないんです」
【今日は奏多さんと一緒に歌いました。とても気分が晴れやかになりました。
もっとこんなふうに楽しいことがしたかった。奏多さんと一緒に色々なことをやりたかった。
でも、私はもう……(文字がかすれていてこの先は読めない)】
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