裏世界の蕀姫

黒蝶

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夏彦ルート

第13話

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「…ソルト、綺麗になりましたね」
「引っ掻かれまくったけどね…」
夏彦はソルトをタオルにくるんだまま、何ものせられていない作業台に連れていく。
「自然乾燥だと風邪引いちゃうだろうし、取り敢えずドライヤーかけようか」
「は、はい」
あんなに熱い風を当ててしまっても大丈夫なのだろうか…。
少し不安に思っていると、見たことがないものが出てきた。
「あの、これって…」
「ん?ドライヤーだけど」
私が知っているものには、こんなブラシなんてついていなかった。
それに、ナノイオンとはどんなものだろう…。
「そのブラシの部分はボタンを押せば取り外せるから、外してもらえるかな?」
「ボタン…できました」
「ありがとう」
部屋にあるものは好きに使っていいと言われていたけれど、まさかこれがドライヤーだとは知らなかった。
あの場所では髪を自然乾燥させていたので、てっきり私が持ってはいけないものだからだと考えていたのだ。
…あの人たちにとっての私は、一体どんな存在だったのだろう。
「月見ちゃん、ちょっと手伝ってもらってもいいかな?」
「はい」
それからふたりでソルトの体を乾かし、ほっとひと息つく。
…そういえば、作りかけのコサージュがあるんだった。
「あれ、もうこんなに作ったの!?相変わらず早いね」
「そうでしょうか?」
「うん。しかも全部丁寧。あ、ちょっと失礼」
「…?」
すっと腕が伸びてきて、思わず固まってしまう。
何がおこるのか分からず怖くなって目を閉じると、温かいものが髪に触れたのを感じる。
…間違いない、夏彦の指先だ。
「ごめんね、ピンが取れそうになってたから直したんだ。あと、ポケットのところにさしてあるのもおしゃれだね」
「あ、ありがとう、ございます」
夏彦は私の頭を撫でてから、ソルトをケージに戻す。
「…月見ちゃんには申し訳ないけど、これも商品にはしたくないな」
「ごめんなさ、」
「ごめん、言い方が悪かったね。商品にはする。するんだけど…綺麗すぎて売り物にしたくないって意味だから!」
「え…?」
驚いて顔をあげると、夏彦は頬を赤くして笑顔で話す。
「綺麗すぎるから、このまま見ていたいっていうか…売っちゃうのが勿体無いって思うくらい、見とれちゃったんだ」
今のはお世辞?それとも…
「俺は、思ったことしか言わないよ!お世辞とか言えなくて、馬鹿正直すぎるってよく春人たちにも言われるんだ」
…嬉しい。やっと役に立てた。
置いてもらうだけじゃなくて、彼の為にできることをしたい。
「早速どれを並べるか決めちゃおう!」
「ありがとう、ございます」
ふたりで候補を並べて、色合いもゆっくり話し合って決めていく。
…買ってくれた誰かの幸せを願いたい。
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