裏世界の蕀姫

黒蝶

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春人ルート

第62話

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ご飯を食べて、食器を洗って…そんないつもどおりのことを済ませた後、ゆっくり春人と向かい合わせになるように腰掛ける。
「それで、その…渡したいものってなんですか?」
「これ。俺には必要ないから、キミが持っていたほうがいい」
そう言って春人が渡してくれたのは、昨日見たあの懐中時計だった。
「これ、お仕事で使うんじゃなかったんですか?昨日言ってましたよね?」
「…あの場で君にあげるって言ったら絶対受け取らなさそうだったから、こうやって渡すことにしただけ」
私を気遣って用意されたものだということにようやく気づいて、ただ頭を下げた。
「ありがとうございます。ずっと大切にします」
「…使い方、分かる?」
「ごめんなさい、なんとなくしか分からないです」
「今どきこっちを使う人は珍しいけど、俺はこっちのほうが好き」
「そうなんですね。私は、歯車が沢山見えるのがいいなって思ったんです」
「…そう」
春人が好きと口にするのを聞くと、なんだか胸が熱くなる。
心臓な壊れそうなくらい音をたてていて、一体どうなってしまうんだろうと少しだけ焦ってしまう。
「すぐ使えるように調節しておこうか?」
「あ、はい。お願いします」
黙々と作業している彼を見つめていると、誰かが扉をたたく音がした。
「…雪乃」
「ごめんなさい。少しだけお邪魔してもいい?」
「どうぞ。冬真のところの方がいいんじゃないんですか?」
「もし迷惑じゃなければ、話がしたい。…月見と」
「私、ですか?」
春人と話すものだとばかり思っていたので、吃驚していつもより高い声が出てしまう。
「そう。女子会みたいなものをやりたくて…やっぱり、いきなりは迷惑?」
「彼女がいいなら構いません。部屋にいるので、終わったら声をかけてください」
「わ、分かりました」
春人の後ろ姿を見送って、雪乃の方を見つめ直す。
「あの、話って…」
「どんな生活をしているのか気になった。あと、好きなものとか全然知らないから訊きたくなった」
蕀さんたちのことを知られてしまったのではと不安に思っていたので、その答えは完全に予想外だった。
今までそんな話をする相手なんていなかったけれど、いざ話すとなると少し緊張する。
「…もふもふの、柔らかいものは好きです。それから、歯車は見ていると落ち着きます」
「甘いものは好き?」
「はい。お菓子はよく作っていたので…」
「それなら、なんでもいいから飲み物を淹れてほしい。お菓子なら作って持ってきたから、一緒に食べよう」
「いいんですか?」
「あなたと食べたいから持ってきた。気に入らなかったら言ってほしい」
「そんなことないです。ありがとうございます、すぐお茶を淹れますね」
どんなふうに話せばいいのかなんてまだ分からない。
分からないけれど、誰かがやってきて話をするのはこんなにわくわくするものなんだと初めて知った。
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