裏世界の蕀姫

黒蝶

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夏彦ルート

第73話

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入り口で見惚れてしまっていると、足元に何かが当たる。
「あ…」
バランスを崩した一瞬、黒い影が見えたような気がした。
…多分ソルトだったんだろう。
その勢いで部屋に転がるように入ってしまった。
「月見、ちゃん…?」
「こ、こんばんは…」
その瞬間、夏彦はベッドから勢いよく降りてこちらに駆け寄ってこようとした。
ただ、傷が痛むのか辿り着く前に転んでしまう。
「夏彦、無理をしたら…」
「本当にごめん。俺のせいで危険な目に遭わせて、そのうえ怪我までさせて…いくら謝っても謝り足りないよ」
私は全然気にしていないのに、どうして彼は泣きそうな顔をしているんだろう。
「いいんです。夏彦が人を殺さなかった…それだけでいいんです」
「本当に護られてばっかりで、ごめん」
彼にいつもの明るさはなく、今度はずっと俯いたまま肩を震わせている。
私だけでは体を起こせそうにないので近くにあったスイッチを押した。
「夏彦」
「アッキー…」
「お嬢ちゃんを困らせてどうする」
秋久さんは苦笑しながら夏彦を抱き起こした。
「ちゃんと話をするんだろ?俺はもう行くが、あまり無茶をして冬真を困らせないように」
「…ありがとう」
手をふって部屋を出る秋久さんを見送った後、しばらく沈黙が流れる。
何から話せばいいのかなんて、全然考えていなかった。
数秒だったのか1分くらい続いたのか分からない。
先に破ったのは夏彦だった。
「…怪我、どのくらい酷いの?」
「そんなには酷くありません。ただ、歩くときに杖を使うように言われています」
「そうなんだ…。あいつの刃物、結構切れるから…。背中は痛くない?」
「平気です。自分でも吃驚するくらい痛くありません」
「…本当に?」
「はい」
本当は少しだけ痛むけれど、そんなことを言ったら夏彦はずっと気にしてしまう。
「夏彦は、平気なんですか?」
「あの男の攻撃は受け慣れてるから、そこまで痛くないよ」
「…嘘、吐かないでください」
今彼の口角は片方しかあがっていなかった。
本当はかなり痛いんだろう。
だからこんなに沢山の点滴を打って…。
「月見ちゃん?」
気づいたときには涙が止まらなくなっていた。
夏彦がずっと抱えてきた苦しい思いそのものを見ているようで胸が苦しい。
どんな言葉なら彼の痛みを包みこめるだろう。
「俺は平気だから、泣かないで」
「ごめんなさい。私は、あなたが心に何か抱えているのを…なんとなく感じていました。
それなのに、何もできなくて…ごめんなさい」
顔を隠して涙を止めようとすると、頭に優しいぬくもりがのった。
「月見ちゃん、人の心を感じやすいんだね。それはきっと君にしかない優しさだよ。
…何もできないなんて言わないで。俺は、月見ちゃんのおかげであいつらと同じにならずにすんだんだから」
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