裏世界の蕀姫

黒蝶

文字の大きさ
121 / 385
春人ルート

第100話

しおりを挟む
少し時が経って、歯車が噛み合ったような生活が始まった。
「ご、ごめんなさ、」
「そんなに気にする必要はない。君が悪いわけじゃないんだから」
あれから知ったのは、春人は本当に甘いものが好きだということ。
「…相変わらず君は料理が上手いんだね」
「一般程度、だと思います」
「それ、俺にもやらせて。料理のセンスは壊滅的だけど、食器を片づけるくらいならできるから」
「あ、ありがとうございます」
私の右手の指先はまだ動かないままだ。
それでもいいのかと相変わらず不安になってしまうことも多いけれど、春人が前より言葉にして気持ちを伝えてくれるようになったからいつも心が温かい。
「…ごめん、今日は仕事で遅くなると思うから留守番をお願いしてもいい?」
「分かりました。いってらっしゃい」
「うん。…いってきます」
それからもうひとつ。
春人に抱きしめられて、そっとキスをする…そんなことが習慣になりつつある。
恥ずかしくなって目を合わせられなくなるけれど、それでもいいと彼はいつも笑ってくれるのだ。
「…動かせるとよかったんですけど」
右手を見ながら息をひとつ吐いて、ラビとチェリーに話しかける。
「ふたりはどんな気持ちでここからの景色を見ているんでしょうか」
退院祝にと夏彦さんがふたりの服を作ってくれた。
秋久さんからは食器、冬真さんからは手作りのお菓子をもらって今でも少しずつ食べている。
「──お願い、蕀さんたち」
こういう人がいないときに少しでも蕀さんを出しておかないといざというときに動けない気がして、今夜もつい無意識のうちに言葉にしてしまった。
「…それ出すときは俺がいるときにしてって言ったのに」
「お、おかえりなさい。今日は早かったんですね」
「まあまあ手応えがある仕事だったけど、やっとケリがついたんだ」
最近新しい仕事を受けたという話は聞いていたけれど、まさかこんなに早く解決したとは思わなかった。
「…そうだ」
「あ、あの…?」
春人は包帯を巻いてくれていた手にそっと口づけて、吃驚するくらい明るく笑った。
「ただいま」
「今日も怪我がなさそうでよかったです」
「なさそう、じゃなくてしてない」
「これ、ありがとうございます。何か温かいものを淹れますね」
ポットのお湯を沸かしていると、後ろから抱きしめられて身動きが取れなくなる。
「月見」
「な、なんでしょうか?」
「ありがとう。やっぱり君のそういうところ、好きだ」
「あ、え、」
固まってしまうばかりの私の耳許で、ふっと笑う気配がする。
「俺はこういう経験がないから、やっぱり距離感が難しいんだけど…これで大丈夫?」
「は、はい。恥ずかしいけど、嫌なわけではないので」
「…そう」
かちかちと懐中時計の針の音がする。
これからふたりで、この時計と同じくらい時を刻んでいくんだろう。
月明かりに照らされるなか、ポットから出てくる湯気を浴びながら春人のぬくもりを感じていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...