物置小屋

黒蝶

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物語の欠片

モルガナイトの残穢(ブラ約)

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「陽和」
「あ、リーゼ。その…蕾ができました」
本来であればもう少し温かくなってから蕾をつけるはずが、もうすくすく育っている。
陽和が世話をしたのだから不思議ではないと言い聞かせ、リーゼは陽和の頭を優しく撫でた。
「今日は早起きさんなんですね」
「……これから休むところ。お昼前に起こしてくれる?」
「は、はい。おやすみなさい」
リーゼは疲れた体をベッドに投げ、着替えもせずにそのまま眠ってしまった。
白猫のネージュの様子も気にしながら、陽和はいつもどおり過ごす。
だいぶ温かい季節になってきたとはいえ、まだ朝夕は冷えこむ。
「えっと…ご飯、食べますか?」
陽和がネージュに声をかけると、勢いよくすり寄ってきた。…突進したという表現が正しいかもしれない。
「すぐ用意します」
リーゼが作っていたものを見様見真似で作ってみると、嬉しそうに食べはじめる。
その間に家中の掃除を終わらせ、昼食を作ってからリーゼを起こした。
「リーゼ、起きられますか?」
「もう平気だから、そんなに心配しなくても──」
あまりに突然のことに陽和は驚いた。
リーゼに抱き寄せられる形になり、体勢を崩してしまう。
「……入るときはせめてノックしてほしい」
「ごめん。驚かせるつもりはなかったんだ」
リリーの姿を確認すると、リーゼは安堵して陽和を抱きとめた腕をほどいた。
「ごめんなさい。怖い人が来たのかと思ったから…」
「い、いえ。ネージュさんのお迎えですか?」
「ああ。だいぶ仕事が片づいたからね」
ネージュを保護した日にリーゼから泊まっていくよう言われたリリーだったが、なんとなくふたりの間に入るのが嫌で仕事に向かったのだ。
「ありがとう。またあなたに助けられた」
「私はただ、ご飯を作っただけなので…」
「それでも僕にとってはかなり助かったよ。…それではまた」
リリーはネージュを抱えると、リーゼに手紙を渡してすぐに帰っていった。
「リリーさんのお仕事って、すごく大変なものなんですね」
「彼女はすごい。私はあんなに人間と話す仕事なんて絶対にできないから」
「人間と、話す……」
陽和にとってもそれはとても怖いことだった。
蔑まれ疎まれ、罵声や嘲笑を浴びせられ続けてきた彼女の心の傷は深い。
陽和の恐怖を察知したリーゼは、窓を開けて話し出す。
「だから私は、植物や動物たちと話すのが好き。リリーやあなたは別だけど、それ以外の人とは話したくない」
「どうして植物や動物が好きなんですか?」
「理由を説明するのが難しいけど……」
その瞬間、春を告げる風が吹き荒れる。
リーゼの髪がさらさらとなびくのを、陽和は呆然と見ていた。
あまりの美しさに言葉を失うというのは、こういうことをいうのかもしれない。
「諍いがないからかもしれない。人間たちより分かりあえる気がするし、傷つかずにすむでしょ?」
その笑顔はあまりにも儚げで、陽和はそっとリーゼの手を握った。
「リーゼは温かいんですね」
「そんなことないと思うけど…」
基本的に、ヴァンパイアには人間のような体温がない。
人間のようなぬくもりなどというものはないはずだ。
「一緒にいると、心がぽかぽかします。こんなふうに大切にしてもらえたのは初めてです」
陽和の柔らかな笑顔にリーゼは微笑みかえす。
「…いつの間にかもう夕方になったんだね」
「ごめんなさい。眠っている姿が綺麗だったから、その…」
「謝らなくていい。起こしてくれてありがとう」
陽和と普通に話して一緒にいられる、それだけでいい。
窓から入りこんだ桜の花びらに願いをこめ、そのまま握りしめた。
「……夜桜」
「え?」
「夜の桜が綺麗だから、今度お花見しよう」
「いいんですか?」
「勿論。ふたりで過ごせればきっと楽しい」
「が、頑張ります」
「頑張るものじゃないけれど、一緒にお弁当を作ってもらえると助かる」
「沢山作りますね」
リーゼにとって、お弁当というものはあまり意味がない。
それでも、少しでも陽和に楽しい想い出を作りたかった。
「…あの日もこんな感じだった」
雪解けの心で花びらをもう1度見つめる。
過ごした時間が色あせてしまわないように、すぐ枯れないよう加工した。
「ご飯、食べられますか?」
「今行く」
樹液の中に花びらをつけこみ、陽和の隣に座る。
窓からさしこむ茜色の光がいつもより眩しく感じた。
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ブラッディローズの約束の続きを綴ってみました。
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