皓皓、天翔ける

黒蝶

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第1章『はじまりの物語』

第1話

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「おはようございます」
私の学生生活は、正直充実したともしていないともいえるものだ。
無視されているわけじゃないけど、仲がいい人がいるわけじゃない。
いつも独りでいるけど、その方が落ち着く。
ただ、今は少し席の周りが騒がしい。
「ねえ、宵月君って前はどんな学校にいたの?」
「学区が違う学校。山奥だから分かりづらいと思う」
「宵月ってスポーツ得意?部活やらないのか?」
「帰宅部希望。放課後はちょっと用事があるから」
宵月 氷雨よいづき ひさめが転校してきてからというもの、毎日何やら声をかけられている。
彼が少し困っているように見えるのは、恐らく気のせいじゃない。
どう割って入ろうか考えていると、先生がやってきて授業が始まる。
整った顔立ちの彼は男女問わず密かにモテているようで、短い休み時間は誰かにずっと声をかけられていた。
声をかけられて、ずっと気が休まらないんじゃないだろうか。
お節介かもしれないけど、ついそんなことを考えてしまう。
いつもどおり屋上へ向かい、朝詰めたお弁当を食べる。
……そんな生活にももう慣れた。
「…ちょっと甘すぎたかも」
「何が?」
「え?」
誰もいないはずの屋上に、私の隣の席の子がいる。
宵月氷雨は私のお弁当を凝視しながら、はっとしたような表情になった。
「ごめん。少し気になったから声をかけた」
「それはいいんだけど…卵焼き、食べる?」
「もらっていいの?じゃあ、俺のと交換しよう」
そう言って蓋に置いてくれたのは、美味しそうな唐揚げだ。
「本当にいいの?」
「…さっき、消しゴム拾ってもらったから。あと、卵焼きもらうんだからこれくらいのことはしたい」
「ありがとう」
こんなに長々と話したことがなかったので分からなかったけど、もしかすると彼はがやがや騒がしいのが苦手なだけでただ優しい人なのかもしれない。
その後は心地よい沈黙が続いて、何事もなかったように教室に戻る。
「学年順位書いたやつ渡すから、出席番号順に取りに来てくれ」
返されたテストの結果は、学年3位。
去年の春先にやったときよりは順位が上がっているものの、私の気分は憂鬱だ。
「……帰りたくないな」
放課後、小さなうさぎのぬいぐるみを持ってそのまま寄り道する。
ゲームセンターやコンビニ、雑貨屋に本屋…見たかったものをひととおり確認して家に戻ると、開口一番告げられた。
「ただでさえ無能なのに、こんな時間まで何をしていたの!?」
「……ごめんなさい」
数年前まではおばの家で暮らしていたが、重病に倒れ施設で暮らすことになったのだ。
それから仕方なくこの人と一緒に生活している。
家事は全部私任せで、事あるごとに文句を言う人だ。
「テストの結果、見せなさい」
「……はい」
恐らく近所の生徒たちが話している声が聞こえたのだろう。
夕飯の支度に取り掛かろうと台所に立った瞬間、大声で怒鳴り散らされた。
「どうしてこんな成績なの!?日本人のくせに国語ができないなんて、頭おかしいんじゃない?」
それからもねちねち何か話していたけど、もうどうでもいい。
夕飯を作り終えたところで、まとめておいた荷物を持って玄関に立つ。
「こんな時間にどこ行くの!?」
「…おばさんのところ。今日は泊まらせてもらうって話してたはずだけど」
「まったく、そんなことをしている暇があるなら──」
「…さよなら」
後ろ手に扉を閉め、真っ直ぐ走り続ける。
今まで私に会おうともしなかったあの人が執着する理由が分からない。
ひとつ思うのは、一生あの人から逃れられないのではという不安だ。
参考書や好きな本、着替えにいつも持ち歩いているぬいぐるみ…これだけあればどこへでも行ける気がした。
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