皓皓、天翔ける

黒蝶

文字の大きさ
上 下
5 / 236
第1章『はじまりの物語』

第4話

しおりを挟む
「黄泉行、列車?」
「そう。文字通り死後の世界へ死者を送る列車だ。生きている人間が乗るなんてことは滅多にない」
「それじゃあ、私は死んだの?」
それでもいいと思った。
あの場所に戻るくらいなら、いっそこのまま…なんて、誰にも言えないけど。
「君は死んでない。だから驚いているんだ」
「そうなんだ…」
「…次に、さっきのおばあさんについて。あの人は家が燃やされて亡くなったんだ。目が不自由だから杖を持ってる。
本人は家が燃える前に刺殺されていたみたいだから、自分が死んだ自覚がないみたいだけど」
機械のように淡々と告げる宵月君の姿に驚いて、つい口を挟んでしまった。
「どうして冷静でいられるの?」
「慣れかな。或いは冷たいのかもしれない」
「…ごめん」
「別に謝る必要はないよ。自分でも薄々感じていたことだから」
彼はそう言って話を続けた。
「俺の仕事は見てのとおり車掌だよ。諸事情あってここで働いてるんだ」
「そうなんだ…というか、それならどうやって学校に通ってるの?黄泉の国まで行ったら午前2時まで動かないんだよね?」
「車両点検くらいはするよ。そのとき片づけも兼ねて車内に残って、ついでに乗せていってもらってるだけ。
君のこともそのとき送り届けるから心配しなくていい」
そうは言われても、やっぱり黄泉行きの列車だなんて信じられない。
「信じられないなら外の景色を見てみればいい」
「外?」
窓から眺めを確認すると、そこは明らかに地上ではなかった。
星空の中を駆けていて、下の方に街明かりがちらちら目に入る。
「ここ、空?」
「線路は視える?」
「透明なものが視えるけど…」
「やっぱり君の力は強いんだね。その線路は人によって視え方が違う。黒や透明に視える人は力が強いらしい」
「宵月君には何色に視えるの?」
「黒。漆黒って表現がぴったりな感じ」
なんだか不思議だ。
この転校生は隣の席で全然話したことがなかったのに、今はこんなに沢山話している。
しばらくして扉がたたかれた。
「もう少し待ってて。眠かったら寝てていいから」
「ありがとう。…ねえ、宵月君」
「どうかした?」
「ここの車掌さん、私にもできるかな?」
突然の質問に困惑させてしまったようで、宵月君は戸惑っているようだった。
「…怖くないの?」
「全然。寧ろここで働かせてほしい。どうして私が乗れたのか気になるし…迷惑かな?」
「迷惑ではないけど、怖がらないなんて不思議だと思っただけ。
本気で仕事したいならついてきて。ただし、これを羽織っておいてね」
フードがついたマントのようなものを渡されて、絶対にフードが取れないように気をつけるよう言われた。
黙って頷きながら受け取ったそれは、星の瞬きを繋ぎ合わせて作られているように見える。
「今夜の俺の担当は他殺…刺殺された人達がいる車両だ。
かなり吃驚する見た目の人もいるけど、お客様に失礼にならないように気をつけてほしい」
「分かった」
ワゴンを押す宵月君の後ろをついていくと、お腹に傷がある人や体中痣だらけの人もいて驚いた。
ただ、不思議と恐怖は感じない。
そうして辿り着いたのは、さっきのおばあさんのところだ。
「お客様、失礼します。飲み物をお持ちしました」
おばあさんの手を握り、湯呑に何かを注いで渡す。
「熱いので気をつけてください」
《まあ、これはご丁寧に…ありがとう》
にこりと微笑むその女性は生きている人と変わらない。
……背中の火傷と首に深く抉られたような痕があること以外は。
しおりを挟む

処理中です...