皓皓、天翔ける

黒蝶

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第1章『はじまりの物語』

第5話

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「素敵な写真ですね」
《そうでしょう?私には見えないけど、主人はとってもハンサムさんだったの》
学校とは違う宵月君の姿を近くで見学しながら、お茶のおかわりや煎餅を用意する手際の良さに驚くばかりだ。
《私、これからどこへ行くのかしら?どこへ行こうと思っていたのか思い出せないの》
「そうでしたか。…お召し上がりになっているうちに思い出すかもしれません」
《そうね。そうだといいけれど…》
優しい声で語りかける宵月君は、お客さんのことを本当に大切にしていることがよく分かる。
お茶のタイミングやお菓子の好みまで把握しているみたいだった。
《そうだわ、家に誰か来たの。ヘルパーさんかと思っていたのだけれど、金を出せと言われたわ。
それで…そう。私もう死んでるのね》
「はい。この列車は、お客様の最期の旅をより良いものにするためにあります。なので、お客様は…」
《せめてヘルパーさんたちにお礼を言いたかったわ。不自由な私にとてもよくしてくれたから…残念ねえ》
宵月君は上着の内ポケットから真っ白な封筒を取り出す。
「相手に無事届くかは分かりませんが、試してみませんか?私でよければ代筆させていただきます」
《いいの?私が手紙を送って、ヘルパーさんたちの寿命が縮んだりしない?》
「そんなことにはなりませんので、ご心配なく。感謝の気持ちを伝えたい、とのことでしたね」
《ええ。あと…なんだったかしら、あの黄色い野花。春になると庭によく生えていたらしいの。
黄色い綺麗な花が咲いているっておじいさんが教えてくれていたのよ。ヘルパーさんたちも喜んでいたわ》
その言葉を聞いて、宵月君は持っていた大きめの鞄を開いて困った表情を浮かべていた。
おばあさんに聞こえてしまわないように小声で囁く。
「多分片喰のことだと思う」
「カタバミ…これか」
《車掌さん、何か困らせるようなことを言ってしまったのなら、》
「いえ、大丈夫です。お客様の言葉を届けます」
彼は万年筆を使っておばあさんの言葉をしたためる。
さらさらと書いている音だけが響いて心地よかった。
「書けました」
《ありがとう。住所はぼんやりとしか分からないの。ごめんなさい》
「いえ。どうかお気になさらないでください。ヘルパーさんたちの勤め先の名前さえ分かれば大丈夫です」
《あいおい、という名前だったはずよ。田中さんと安元さん…和田さんには特にお世話になったわ》
「しっかり伝えておきます」
宵月君はメモを取り、おばあさんを下り口まで案内する。
私は黙ってその後ろをついていくことしかできなかった。
「到着しました。ここから先は駅員が案内します」
《親切にしていただけたおかげで、とっても楽しい旅になったわ。おじいさんも喜んでくれるかしら?》
「きっと会えます。おふたりが再会できることをお祈りしております」
彼の笑顔は見たことがないくらい優しい。
おばあさんは列車が折り返すまで、駅員さんに付き添われながらこちらを見ていた。
「さっきはありがとう。助かった」
「たまたま知ってただけ。役に立ったならよかった」
無意識に気を張っていたのか、突然体から力が抜ける。
「──さん、──!」
何か言われたような気がするけど、全然分からない。
そのまま柔らかいベッドに沈みこむように深く落ちていった。
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