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第3章『迷子』
第17話
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翌日、私は学校をさぼって病院にいた。
病室にひとりで横たわる女の子の体は、どんどん温度を失っている。
「…こんにちは、ひまりちゃん」
彼女から生きている人間の気配がしたのは、こうして生死をさまよっているからだろう。
だけど私は知っている。
ひまりちゃんはこのまま、目を覚ますことなく生涯を閉じることを。
「お兄さんと、いつまでも仲良く…今度は、温かい場所で過ごしてね」
無力な私にはただ祈ることしかできない。
それでも、あの兄妹が笑って過ごせるように心から願っている。
──それから数日後、私はお通夜に一般客として参加していた。
「この度は、足をお運びいただき誠にありがとうございます。全ては、様子を見に行かなかった私の責任です……」
父親らしき人間が涙を流している姿を見ても何も感じない。
理由は、別の家庭をもって幸せに暮らしていることを知っているからだ。
火葬場に向かう車に乗りこむ前も、左手の薬指に指輪をはめた女性と抱き合ったり、パパと呼ぶ子どもの相手をしていた。
「上手いんだね、感情を隠すの」
「あ…」
後ろを振り返ると、そこには氷雨君が真顔で立っていた。
「幸せそうな家族を見ると憎い?」
その問いに首を横にふる。
「恨んだり憎むのは違うってことは分かってる。だけど…あんな光景を見たら、どうしてもさっきの涙が嘘に見える」
「それは同感だ」
表情が変わったわけではなかったけど、ぴりぴりした空気を感じて怒っているのが伝わってくる。
「親というものは、子どもがいなくなると悲しむものだと思っていた。
だけど、あの兄妹に落ち度がないにも関わらずふたりは助からなかった。誰も手を差し伸べなかった。
……人間って、基本的に自分さえよければいい生き物だから仕方ないのかもしれないけど」
「…そうかもしれない。思いやりを持てる世界ならよかったのに」
この世界にはぬくもりと優しさが足りない。
だから、心が飢えた人間が沢山いる。
相手を傷つけて平気な人間、相手を蹴落として嘲笑う人間、他人を不幸にして平然と幸せに暮らす人間…だから嫌なんだ。
「そういえば、これ」
「これ…ひまりちゃんの字…」
「この前清掃してたら見つけた。君宛みたいだったから持ってきた」
「ありがとう」
震える手で、折り紙でおられた封筒を開ける。
そこに入っていた便箋には、優しい言葉が綴られていた。
【おねえさんへ
たくさんあそんでくれてありがとう。すごくたのしかったよ。
おしごとがんばってね。またいっしょにあそぼうね】
「……!」
遠くであがる煙を見つめながら、私はただ泣いた。
あんなに優しい人たちが苦しんで、暴力をふるったり救える立場にいた人間たちが幸せな生活を送る。
「この世界はいつだって理不尽だ。平等?公平?そんなものは存在しない。
…残念だけど、どう動いても変えられない現実だ。だから俺は仕事に力を入れてる。少しでも笑顔でいられるように」
「……」
何も答えられない私の肩にそっと上着がかけられる。
「来られそうになかったら休んでいいから」
その場にひとりきり、止まらない涙を拭いながら立ち尽くす。
氷雨君の言葉はどれも刺さったけど、経験していないと出てこないものだ。
だけど、今は心がぐちゃぐちゃで何も訊けそうにない。
病室にひとりで横たわる女の子の体は、どんどん温度を失っている。
「…こんにちは、ひまりちゃん」
彼女から生きている人間の気配がしたのは、こうして生死をさまよっているからだろう。
だけど私は知っている。
ひまりちゃんはこのまま、目を覚ますことなく生涯を閉じることを。
「お兄さんと、いつまでも仲良く…今度は、温かい場所で過ごしてね」
無力な私にはただ祈ることしかできない。
それでも、あの兄妹が笑って過ごせるように心から願っている。
──それから数日後、私はお通夜に一般客として参加していた。
「この度は、足をお運びいただき誠にありがとうございます。全ては、様子を見に行かなかった私の責任です……」
父親らしき人間が涙を流している姿を見ても何も感じない。
理由は、別の家庭をもって幸せに暮らしていることを知っているからだ。
火葬場に向かう車に乗りこむ前も、左手の薬指に指輪をはめた女性と抱き合ったり、パパと呼ぶ子どもの相手をしていた。
「上手いんだね、感情を隠すの」
「あ…」
後ろを振り返ると、そこには氷雨君が真顔で立っていた。
「幸せそうな家族を見ると憎い?」
その問いに首を横にふる。
「恨んだり憎むのは違うってことは分かってる。だけど…あんな光景を見たら、どうしてもさっきの涙が嘘に見える」
「それは同感だ」
表情が変わったわけではなかったけど、ぴりぴりした空気を感じて怒っているのが伝わってくる。
「親というものは、子どもがいなくなると悲しむものだと思っていた。
だけど、あの兄妹に落ち度がないにも関わらずふたりは助からなかった。誰も手を差し伸べなかった。
……人間って、基本的に自分さえよければいい生き物だから仕方ないのかもしれないけど」
「…そうかもしれない。思いやりを持てる世界ならよかったのに」
この世界にはぬくもりと優しさが足りない。
だから、心が飢えた人間が沢山いる。
相手を傷つけて平気な人間、相手を蹴落として嘲笑う人間、他人を不幸にして平然と幸せに暮らす人間…だから嫌なんだ。
「そういえば、これ」
「これ…ひまりちゃんの字…」
「この前清掃してたら見つけた。君宛みたいだったから持ってきた」
「ありがとう」
震える手で、折り紙でおられた封筒を開ける。
そこに入っていた便箋には、優しい言葉が綴られていた。
【おねえさんへ
たくさんあそんでくれてありがとう。すごくたのしかったよ。
おしごとがんばってね。またいっしょにあそぼうね】
「……!」
遠くであがる煙を見つめながら、私はただ泣いた。
あんなに優しい人たちが苦しんで、暴力をふるったり救える立場にいた人間たちが幸せな生活を送る。
「この世界はいつだって理不尽だ。平等?公平?そんなものは存在しない。
…残念だけど、どう動いても変えられない現実だ。だから俺は仕事に力を入れてる。少しでも笑顔でいられるように」
「……」
何も答えられない私の肩にそっと上着がかけられる。
「来られそうになかったら休んでいいから」
その場にひとりきり、止まらない涙を拭いながら立ち尽くす。
氷雨君の言葉はどれも刺さったけど、経験していないと出てこないものだ。
だけど、今は心がぐちゃぐちゃで何も訊けそうにない。
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