皓皓、天翔ける

黒蝶

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第5章『隠しごと』

第25話

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クッキーをもう1枚食べながら話そうとしてくれる彼に、もう1杯お茶を淹れる。
《ありがとうございます》
「いえ…。それから、どうなったんですか?」
《弟は勇気が出ないみたいでした。話すだけで緊張してるみたいで…。けど、ふたりが話しているのを見てもやもやしてました》
嫉妬というものだろう。
私にはあまり馴染みのない感情だけど、苦しい思いを抱えてきたことは分かる。
《ある日、弟が告白するって覚悟を決めて帰ってきたんです。けど、素っ気なく接しちゃって…。その後喧嘩しました。
やっぱり恥ずかしくてまだ言えないって話した弟に、優しくしてやれなかった。俺はただ、弟を応援したかっただけなのに》
男子学生はかなり後悔しているようで、気持ちを吐き出すように力強く言った。
もう弟さんに会えないと知ったら、その思いはどうなってしまうのだろう。
「それは大変でしたね。そ、その後弟さんと話はできましたか?」
《…いえ。あの日の夜、たしかバイクを走らせて…そうだ、カーブを曲がりきれなくて事故って…俺、死んだのか?》
まだ混乱しているみたいだけど、どうやら自分が死んでしまったことを思い出したみたいだ。
「この列車は、最後の旅をお楽しみいただくために走っています。
お客様、余計なお世話かもしれませんが…もしよろしければ、手紙を書いてみませんか?」
《手紙?》
反応があまりよくなくて、失礼なことを言ったんじゃないかと焦る。
すると、小さく言葉が発せられた。
《そんなことして、何か意味があるんですか?》
「え…?」
《どうせ届かないのに、意味なんてない》
「そ、そんなことありません」
こんなことを言うのは勝手かもしれない。
それでも、このままだとこの人の心はもやもやしたままだ。
「わ、私は、意味があると思います。あなたが気遣ってきたことも、周りの人たちを大切に想う気持ちも…。
それが無駄だとか、なかったコトになってほしくないんです。…だからせめて、今の気持ちを形にしてほしいです」
《…車掌さん、優しいんですね》
「ご、ごめんなさい」
勝手なことを言ってしまって申し訳なく思っていると、ぽんと肩をたたかれた。…氷雨君だ。
「お客様、申し訳ありません。彼女はまだ新人でして…。ですが、私も彼女と同じ気持ちです。
あなたの想いが消えてしまうのは勿体ないですし、苦しいままになります。…伝えたい想いがあるなら、思い切って書いてみてはいかがでしょうか?」
怒られると思ったのに、氷雨君は咎めるどころか男子学生に声をかけた。
しばらく沈黙が流れたものの、男子学生は覚悟を決めた表情でこちらを見つめる。
《俺、あいつに謝れてないんです。あと、背中を押したい…。俺の想いは届くでしょうか?》
その問いに、氷雨君は迷いなく答えた。
「きっと届きます」
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