皓皓、天翔ける

黒蝶

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第5章『隠しごと』

第28話

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「目が覚めた?」
なんとなく体が怠いけど、起きあがれないほどじゃない。
腕の痛みはこの前からのものだろう。
「…さっきの人の辛い気持ち、少しは軽くなったのかな?」
「君のおかげで向き合えたんだ。きっと本当の気持ちを抱えたまま、笑って過ごしてる」
「そっか…」
その言葉にとてもほっとして、背もたれに体をあずける。
「もう少しで着くよ」
「早いね」
ここ最近、ずっと規則正しい睡眠をとっている気がする。
ただ、亡くなった人たちの色々な想いを見るのは少し苦しい。
「…今日は学校に来た方がいい」
「どうして?」
休むつもりはなかったけど、いつもなら休むように言う氷雨君がそう話すのが気になった。
「もうすぐ研修旅行でしょ?班決めをするって話してたから」
「…私、行かないから関係ないかも」
「そうなんだ。俺と同じだね」
「え?」
研修旅行に行かない場合は学校で午前のみ自習してから午後からは放課になるので、おばさんのところへ行くつもりだ。
だけど、氷雨君が行かないのは意外だった。
「氷雨君も行かないの?」
「行く意味を見いだせなかったから」
「そうなんだ」
転校してきたばかりだからだと思っていたけど、そういうわけではないらしい。
そこから特に会話はなく、あっという間に駅に辿り着いた。
「あ、あの…」
「どうかした?」
「さっきの人、亡くなる前に何か買ってたみたいなんだ。…多分、弟さんに渡すはずだったもの。
そういうものって、ちゃんと相手に渡されるものなのかな…」
相手に想いが届かなければ意味がない。
もしあの買ったものにも意味があるんだとしたら、どうにかして届けたいと思った。
「…それ、詳しく教えてくれる?」
「えっと……」
それから私は、夢で見たことを説明した。
本人からぼんやり聞いたということにして、怪しまれないように話を進める。
「警察が持っているか、ちゃんと渡されているか…或いは、事故現場付近に落ちている可能性がある」
「確認のしようがないよね…」
「届いていると信じるしかない」
列車を降りると、掃除道具を持った矢田さんが駆け寄ってきた。
「ふたりとも、お疲れ様です。…また倒れたって聞いたけど、大丈夫?」
「は、はい。すみません、いつもご迷惑をおかけして…」
「いやいや、困ったときはお互い様だし…。いつも接客、丁寧にやってくれてるから助かってるよ」
優しい言葉が全身に沁みわたる。
ここにいる人たちは本当に心が温かい。
「あなたもお疲れ様でした。今宵の担当車両は大変だったでしょう?」
「まあ、少し。だけど、だいぶ慣れましたから」
信頼しあっている人たちの会話は、聞いていて心地いい。
列車を降りて先に駅を出てからあのふたりのように仲睦まじかった兄弟のことを考えると、少し胸がいたんだ。
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