皓皓、天翔ける

黒蝶

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第8章『整理』

第43話

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《おかしを食べた後…?》
男の子は私がこんなことを尋ねたことをぎめに思っているようだったけど、それでも答えてくれた。
《しばらくは平気だったんだけど、だんだん息が苦しくなった。
体中にぶつぶつしたものができて、痒くて、息ができなくなって……》
やっぱり思ったとおりだったみたいだ。
《見たことない袋のやつで…そっか、だから苦しくなったんだ。
薬を探したけど見当たらなくて、それから…それから僕、どうなったの?》
たどたどしい言葉で説明しながら、現実を受け入れられないという顔でこちらを見つめる。
男の子の視線に耐えながら、なんとか答えた。
「……この列車は、お客様に最後の旅をお楽しみいただくために存在しています」
《じゃあ僕、死んじゃったってこと…?》
何も言えずにいると、男の子は今にも泣き出しそうな顔ではっきり告げる。
《嫌だ。死にたくない…。まだお兄ちゃんとの約束、叶えてないのに……!》
普通の人間なら誰だって死にたくない。
そう願う人がいてもおかしくないのに、どうして今まで気づかなかったんだろう。
《お願い。僕を生き返らせて》
「……申し訳ありません」
《生き返らせてよ!》
「申し訳ありません」
ただそう言い続けることしかできないことが苦しい。
泣いている男の子を抱きしめると、小さな腕が背中に回される。
誰も悪くない。それを分かっているから彼は苦しいんだ。
──どのくらいそうしていただろう。
後ろから氷雨君の声がして、ふと我に返る。
「…お客様、私たちにできるのは、手紙を書いていただくことだけです」
《手紙…?》
「あなたの大切な人へ、想いを届けるために必要なものです。他の誰にもできません」
《…お兄ちゃんに届けてくれる?》
「はい」
氷雨君の言葉は本心か、男の子を落ち着かせるための嘘か。
どちらか分からないままそっと男の子から離れる。
「お客様。画用紙もありますので列車の絵も送れます」
《ほんと?》
「……はい」
《それなら僕、書いてみたい。お手紙は感謝状しか書いたことないけど、頑張ってみる》
「すぐにお持ちいたします」
男の子はまだ不安そうな顔をしているけど、先に便箋を用意して書いている様子を近くで見守る。
「あの…」
「話は後にしましょう。今はお客様の前ですから」
氷雨君の有無を言わさぬ顔に小さく頷く。
たしかにお客様の前で表情を崩すわけにはいかない。
沢山絵を描いている男の子は楽しそうだ。
《できた!》
「お疲れ様です。封筒はどうなさいますか?」
《列車のやつってありますか?》
「こちらはいかがでしょう?」
《おねがいします》
そうこうしているうちに、列車が駅に到着する。
男の子は最後まで笑顔だった。
《僕、ずっとお兄ちゃんをまってる》
「……きっと会えます」
一礼して去っていく男の子の姿が見えなくなるまで見送る。
男の子は降りる直前、私に列車の絵を描いた画用紙を渡してくれた。
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