皓皓、天翔ける

黒蝶

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第15章『死者還り』

第79話

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「さっき、手で何かを握りつぶしていたように見えたんだけど、友だちだって言われたんだ」
「その物体、動いてた?」
「生き物みたいな気配がしたから、そんなに握ったら痛そうだとは伝えたんだけど…」
「成程。噂のもので間違いなさそうだ」
「どうして私がここにいるって分かったの?」
氷雨君は大きく息を吐いて淡々と答えた。
「矢田から報告を受けていたら、君がひとりで行動しているみたいだって聞いたから、気配を辿ってここまで来た。…少し探しものが得意なんだ」
「そうなんだ。助けてくれてありがとう」
それ以上踏みこまれたくないという顔をしていたから、深追いはせず氷雨君にお礼を伝える。
彼はいつもどおり別にと話すだけだったけど、もしあのままあの子と戦うことになっていたらどうなったか分からない。
「その子は多分今夜はもう来ない」
「そうなの?」
「…噂が形を変えて現れはじめたって夜紅が…折原詩乃が言っていた。
人間を襲うために現れるのは夜だけになりそうだって」
そんな話になっていたなんて思わなかった。
夜しか出てこられなくなったということは、今までは昼間に生徒を襲っていたということだろうか。
「…明日からできるだけあのふたりの近くにいて」
「それは流石に迷惑になるからできない。それに、ふたりの周りは人でいっぱいになると思うんだ」
今日1時間受け持っただけであのモテようだ。
男女問わず生徒たちが黙っているはずがない。
「ひとりじゃ危険だ」
「学校にいる間くらいは自力で頑張ってみるよ」
「……自分の身も護れないのに、ひとりでうろちょろされたら迷惑だ」
頭が真っ白になったけど、本当のことしか言われていない。
「…ごめんなさい。私が弱いから」
氷雨君がはっとしたような表情をしていたけど、箒を握って小走りでその場を後にする。
やっぱり迷惑だったんだ。
自分が列車に乗った理由を知りたいというのもあるけど、お客様に笑顔になってほしくて仕事を続けてきた。
それが全部無駄になった気がして、心が折れてしまう。
駅のロッカーに着替えだけ押しこんで、駅員バッジと箒は持ち帰ることにした。
これがあれば自分のことくらいはなんとかできるはずだ。
たとえ逃げ切れなかったとしてもどうでもいい。
そのときは潔く受け入れる覚悟はもう決まっている。
翌日学校に行くと、相変わらず氷雨君は欠席していた。
どうしても授業に出る気になれなくて、そのまま屋上へ向かう。
朝の屋上は冷たい風が吹いていて、心がどんどん凍っていく。
「……せめて、謝りたかったな」
誰に言うでもなく呟くと、昨日の男の子そっくりな子どもが近づいていた。
《あ、あの、こんにちは》
「…こんにちは」
《おねえさんもひとりなの?》
「はい。あなたもひとりなんですか?」
《うん。ずっとひとりだった》
その子は初対面の相手に話すように話しかけてくる。
昨日の男の子とは違う気配がする気がして、そのまま話を続けた。
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