皓皓、天翔ける

黒蝶

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第21章『解けた糸』

第119話

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少年は寂しそうに微笑み、少しずつ話しはじめた。
《僕の両親はとても厳しい人たちで、友だちと遊ぶのでさえ許可が出なかったんです。
あと、はじては理学療法士になりたくて勉強をしていました。…そっか、僕は理学療法士になりたかったんだ。姉さんに優しくしてくれた人に憧れて…》
「とても素敵な夢だと思います」
《ありがとうございます。だけど、そんな大事なこともさっきまですっかり忘れていました。
姉は体が弱く、入退院を繰り返しているんです。…元々は姉が期待されてたみたいだけど、両親からの圧に耐えられなくなって飛び降りました》
いい点を取らないと、いい子でいないと、あの人が望むとおりに…私もずっとそう思っていたからよく分かる。
追いつめられて苦しくなってしまったお姉さんが死んでしまった代わりに、少年が全ての期待を背負わされたということだろうか。
《姉は、とても優しかったんです。でも、なんでもかんでも押さえつけられて限界がきた…。
ちなみに僕は医者になるよう言われています。抵抗しても無駄だから、諦めて医学部の勉強をすることにしました》
少年の目には光がない。
だけど、絶望してしまう気持ちはよく分かる。
大切にしたい夢を否定されて、もう諦めてしまった方が楽かもしれないという思考…。
【なんでおまえだけできないんだよ!満点以外に価値はない!】
いつだって責められてきた。
この人はきっと、そんな状況のなかでもがいてきたんだ。
《模試でもA判定が出るようになって、親はますます医学部に行かせる、その方がおまえのためだって言われて…》
「そんなふうに言われたら、感覚がなくなってきますよね」
《…え?》
「それで、自分の意思じゃないのに自分の気持ちを抑えこみすぎて本音が言えなくなってしまったのではありませんか?」
少年は多分、本当に自分が勉強していた意味を失ってしまっていたのだと思う。
自分のためにしてきたはずの行動が、全部親に言われたとおりの道しか歩けないように固められてしまっているから。
《今の言葉でしっくりきました。自分を捨てた方が楽だって思っていたのかもしれません。あるいは、今言われるまで捨てていたことにも気づいていなかったのかも…。
毎日夜中まで勉強しないとって焦って、周りからもあの子は違うから、みたいな感じで言われてしまって…なんとかいい子を演じていたつもりでした》
少年は苦しそうに息を吐く。
誰だって同じ状況におかれたらきっと苦しい。
どうにかこの人の心を救えないかと考えていると、持っていたベルが鳴る。
「す、すぐに料理をお持ちしますので、またそののち話を聞かせていただけませんか?」
《…分かりました。僕もできるだけ自分の気持ちをまとめておきます》
食堂車でオムライスを受け取って、すぐに少年の元へ戻る。
彼は持っていた参考書ではなく、理学療法士と作業療法士について書かれた本を読んでいた。
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