皓皓、天翔ける

黒蝶

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第21章『解けた糸』

第118話

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「それってどういうこと?」
思わず訊いてしまった私に、氷雨君は淡々と答える。
「そのままの意味。言われたことはしっかりこなすし、規則は守る。
ただ、色々な圧力に耐えられなくなったんたまろうね。まだ資料の半分しか目を通していないから断定できないけど…」
氷雨君の人を見抜く力はすさまじい。
他の人たちが気づかない細かいことまでしっかり見ている。
私より沢山の人を列車で見てきたからなのだろうか。
「氷雨君は資料を全部覚えているの?」
「必要な部分だけは。だけど、なんとなくあのお客様の情報が頭から離れなかった」
「そうなんだ…」
しばらく話しているうちに、あっという間に夜になる。
さっきのお客様がいる車両の担当になった私は、近くにいる氷雨君が気になりながら声をかけた。
「お客様、先程はお待たせしてしまい申し訳ありませんでした」
《いえ。僕が早く乗ったのが悪かっただけなので》
「何か召し上がられませんか?」
《…なんでもいいなら、チーズソースのオムライスが食べたいです。あと、温かいお茶をいただけますか?》
「かしこまりました」
ワゴンの上だけで完成させられそうにないものは、食堂車に頼むことになっている。
あまり使ったことがなかったけど、できあがったら知らせてほしいと連絡した。
「少々お時間いただいてもよろしいでしょうか?」
《勿論です。待ってます》
そう話した少年のテーブルに広げられたものを見て、つい言葉が漏れてしまう。
「…参考書?」
《はい。次の模試までに勉強しないといけないので》
そう話す少年は笑っていたけど、瞳から光が消えた。
触れられたくないことなのかもしれないとは思ったものの、そのまま放っておくこともできない。
「あ、あの…何か目標があって勉強されているんですか?」
《目標…》
「申し訳ありません。突然こんなことを訊かれても困りますよね」
《いえ。…考えたことなかったなって、思ったんです》
勉強する理由がない、やらないといけないからやっているなら分かる。
だけど、考えたことがなかったというのはどういうことだろう。
《すみません。だけど、本当に考えたことなかったんです》
「…それは、誰かに言われるままやるしかなかったということですか?
それとも、自分を護るためにやっていたら意味を失ったとか…」
のめりこみすぎた質問だと自覚はあるけど、なんとなく自分に似ている気がして放っておけない。
お客様が困惑していないか顔を見ると、さっきとは違った雰囲気で笑った。
《…そうですね。保身の為にやってきたことかもしれません。或いは、認めてほしかったのかもしれません》
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