皓皓、天翔ける

黒蝶

文字の大きさ
145 / 236
第21章『解けた糸』

第120話

しおりを挟む
「おまたせいたしました」
《ありがとうございます。オムライス、家では自分の味しか食べられなかったからお店のが食べたくて…。いただきます》
ぼろぼろになるまで読みこまれたであろう本の表紙を撫でて、少年はスプーンを持つ。
一口食べたところで感動の声をあげた。
《美味しい…。こんなにふわふわなものだったなんて知りませんでした。
姉と一緒に専門店へ行くと約束していたけど、果たせないまま終わったから…》
「そう、ですか。あ、あの、おかわりもありますので、ゆっくりお楽しみください」
《ありがとうございます》
「あの、よろしければその本の話も聞かせていただけませんか?」
《…この本を持ち歩いてること自体忘れていたんですが、とても大切なものなんです》
少年のほっとした表情に、私もなんだか安心する。
ずっと緊張している様子だったけど、オムライスを食べながら教えてくれた。
《僕は、やっぱり理学療法士になりたい。姉とも約束したんです。夢だけは捨てないようにしようって。最近は医学部向けの勉強ばかりしていてすっかり忘れていたけど、やっぱり認めてほしい…。
分かりあえないんだろうけど、もうあの人たちから解放されたい。…そうか、だから姉さんみたいに飛び降りようと思ったんだ》
冷静に話しているものの、また瞳から光が消える。
《なんだ、もう終わってたのか。ただ、これでやっと姉さんに会える》
どんな言葉をかけたら、少年の心は救われるだろう。
お茶のおかわりを淹れていると、氷雨君がさり気なく言葉を紡いだ。
「あなたはまだ生き返るチャンスがあります」
《どういうことですか?》
「今のあなたは意識不明の重体です。現実に戻りたいですか?」
《…けど、僕が戻ったらまたあの人たちの言うことを聞かないといけなくなる。それならもういいです》
「…あなたを想っている人がいますが、それでも考えは変わりませんか?」
《どうせ嘘なんでしょう?慰めなんていらないです》
氷雨君はいつものように鏡を持ってきて、少年の手に握らせる。
「それがあなたの体の今です」


『あなたたちが賢人を追いつめたんです。あなたたちが殺したんでしょ!』
『麻里奈、やめなさい。…天堂さん、娘が失礼なことを言いました。
ですが、私もひとりの子どもを持つ親としてそう思います。あなたがたがやっていたことは虐待です』
『あれはしつけの一環で、』
『ご飯を食べさせない、お姉さんの自殺をもみ消す、価値観を押し付ける…それが親なんですか?
賢人は毎日泣いてた。私のお弁当を美味しいって言ってくれたけど、あなたたちに怒られるから黙っててくれた!
あなたたちは間違ってる!治療費は私のバイト代から出すから、もう二度と賢人の前に現れないで!』
憤怒する少女を前に、何も言えない少年の母親。
『金なら私が出そう。…息子がそんな目に遭わされているなんて、全く知らなかった。
単身赴任して、家のことを顧みなかった私にも責任がある』
『おじさん…』
泣いている少女と優しく見守るその母親、離婚すると宣言した少年の父親と全てを失うその妻。
病室には機械音だけが鳴り響いていた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

美味しいコーヒーの愉しみ方 Acidity and Bitterness

碧井夢夏
ライト文芸
<第五回ライト文芸大賞 最終選考・奨励賞> 住宅街とオフィスビルが共存するとある下町にある定食屋「まなべ」。 看板娘の利津(りつ)は毎日忙しくお店を手伝っている。 最近隣にできたコーヒーショップ「The Coffee Stand Natsu」。 どうやら、店長は有名なクリエイティブ・ディレクターで、脱サラして始めたお店らしく……? 神の舌を持つ定食屋の娘×クリエイティブ界の神と呼ばれた男 2人の出会いはやがて下町を変えていく――? 定食屋とコーヒーショップ、時々美容室、を中心に繰り広げられる出会いと挫折の物語。 過激表現はありませんが、重めの過去が出ることがあります。

すべてはあなたの為だった~狂愛~

矢野りと
恋愛
膨大な魔力を有する魔術師アレクサンダーは政略結婚で娶った妻をいつしか愛するようになっていた。だが三年経っても子に恵まれない夫妻に周りは離縁するようにと圧力を掛けてくる。 愛しているのは君だけ…。 大切なのも君だけ…。 『何があってもどんなことをしても君だけは離さない』 ※設定はゆるいです。 ※お話が合わないときは、そっと閉じてくださいませ。

短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜

美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?

元カノと復縁する方法

なとみ
恋愛
「別れよっか」 同棲して1年ちょっとの榛名旭(はるな あさひ)に、ある日別れを告げられた無自覚男の瀬戸口颯(せとぐち そう)。 会社の同僚でもある二人の付き合いは、突然終わりを迎える。 自分の気持ちを振り返りながら、復縁に向けて頑張るお話。 表紙はまるぶち銀河様からの頂き物です。素敵です!

大正ロマン恋物語 ~将校様とサトリな私のお試し婚~

菱沼あゆ
キャラ文芸
華族の三条家の跡取り息子、三条行正と見合い結婚することになった咲子。 だが、軍人の行正は、整いすぎた美形な上に、あまりしゃべらない。 蝋人形みたいだ……と見合いの席で怯える咲子だったが。 実は、咲子には、人の心を読めるチカラがあって――。

離婚する両親のどちらと暮らすか……娘が選んだのは夫の方だった。

しゃーりん
恋愛
夫の愛人に子供ができた。夫は私と離婚して愛人と再婚したいという。 私たち夫婦には娘が1人。 愛人との再婚に娘は邪魔になるかもしれないと思い、自分と一緒に連れ出すつもりだった。 だけど娘が選んだのは夫の方だった。 失意のまま実家に戻り、再婚した私が数年後に耳にしたのは、娘が冷遇されているのではないかという話。 事実ならば娘を引き取りたいと思い、元夫の家を訪れた。 再び娘が選ぶのは父か母か?というお話です。

お姫様は死に、魔女様は目覚めた

悠十
恋愛
 とある大国に、小さいけれど豊かな国の姫君が側妃として嫁いだ。  しかし、離宮に案内されるも、離宮には侍女も衛兵も居ない。ベルを鳴らしても、人を呼んでも誰も来ず、姫君は長旅の疲れから眠り込んでしまう。  そして、深夜、姫君は目覚め、体の不調を感じた。そのまま気を失い、三度目覚め、三度気を失い、そして…… 「あ、あれ? えっ、なんで私、前の体に戻ってるわけ?」  姫君だった少女は、前世の魔女の体に魂が戻ってきていた。 「えっ、まさか、あのまま死んだ⁉」  魔女は慌てて遠見の水晶を覗き込む。自分の――姫君の体は、嫁いだ大国はいったいどうなっているのか知るために……

捨てられた王妃は情熱王子に攫われて

きぬがやあきら
恋愛
厳しい外交、敵対勢力の鎮圧――あなたと共に歩む未来の為に手を取り頑張って来て、やっと王位継承をしたと思ったら、祝賀の夜に他の女の元へ通うフィリップを目撃するエミリア。 貴方と共に国の繁栄を願って来たのに。即位が叶ったらポイなのですか?  猛烈な抗議と共に実家へ帰ると啖呵を切った直後、エミリアは隣国ヴァルデリアの王子に攫われてしまう。ヴァルデリア王子の、エドワードは影のある容姿に似合わず、強い情熱を秘めていた。私を愛しているって、本当ですか? でも、もうわたくしは誰の愛も信じたくないのです。  疑心暗鬼のエミリアに、エドワードは誠心誠意向に向き合い、愛を得ようと少しずつ寄り添う。一方でエミリアの失踪により国政が立ち行かなくなるヴォルティア王国。フィリップは自分の功績がエミリアの内助であると思い知り―― ざまあ系の物語です。

処理中です...