皓皓、天翔ける

黒蝶

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第21章『解けた糸』

第121話

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「以上になります」
《麻里奈…》
「あ、あの…とっても仲良しさんなんですね」
《はい。麻里奈は小さい頃からお隣さんで、幼馴染で…受験が終わったら、好きだって伝えるつもりだったんです。
でも、それよりどうにもできない現状と未来への絶望が勝りました》
少年はとても迷っているようだ。
このまま終点まで向かうか、絶望した現実へ戻るか。
私は何も言えなかったけど、氷雨君は笑顔で少年に声をかけた。
「あくまで私個人の意見ですが、迷っていらっしゃるのなら一度戻るのはいかがでしょうか?」
《…理由を訊いてもいいですか?》
「一度終点まで向かえば戻れなくなります。全てに絶望したあなたにこんな事を言うのは酷かもしれません。
ですが、これから環境が改善される可能性が大いにあると思うのです」
《……今だけああ言ってるのかもしれない》
「もしそうだったときは終点までご案内させていただきます。ですので、切符はそのままお持ち帰りください。この列車に乗ることができますから」
切符を持っていればこの列車に乗れるなんて、初めて知った。
少年は震える声で氷雨君に尋ねる。
《…僕は、生きてみてもいいんでしょうか?》
「生きていてはいけない人間それ自体がいてはいけないと、私は思っています。…あなたは一度本気で自ら命を絶ちました。
ですが、あなたを気にかけて帰りを待ち続けている方がいらっしゃるのも事実です」
少年は小さく嗚咽を漏らし、ぽろぽろと涙を流す。
ぼろぼろになるまで読まれた本には、楽しそうに笑う2人が写っていた。
《ありがとうございました》
少年は途中下車することを決めた。
まだ自信がないのか、ずっと俯いている。
「あ、あの…苦しくなったら、大切な人のことを思い出してください。
それから、自分が笑顔でいられる選択をしてほしいです。そうすればきっとお姉さんにも届きます」
《…そうですね。ありがとうございます。姉にも生きていていいって証明したいから、今はもう少し希望にすがってみようと思います》
少年の笑顔は晴れ晴れとしていた。
もう瞳に濁りがない。迷いが晴れたみたいだ。
列車の扉が閉まると同時に、激しい頭痛に襲われる。
「…大丈夫?」
小さく頷いたけど、逆に心配されてしまった。
「いいから少し座ってて。お客様の心に希望を灯せたのは、間違いなく君のおかげだ」
そんなことないのに、どうして氷雨君は優しい言葉をかけてくれるんだろう。
「疲れたでしょ。…俺じゃあんな温かい言葉をかけられなかった」
その言葉を最後に意識が遠のいて、真っ暗になった。
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