皓皓、天翔ける

黒蝶

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第22章『水底にて』

第123話

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「ねえ、隣町の芸術殺人の記事見た?」
「見た見た!リアルオフィーリアとかやばいよね…」
通称芸術家殺人事件、というものが立て続けにおこっている。
遺体が何らかの作品に見立てられて並べられているからそう呼ばれているらしいけど、まだ犯人が見つからないという内容は読んだ。
ヴィーナスの誕生に真珠の耳飾りの少女、今度はオフィーリア…。
どうしてこんなにばらばらなのかは分からないけど、犯人が捕まるまでは少し警戒しようと思う。

「…心配事?」
お昼休み、氷雨君にそう尋ねられる。
ご飯中に話していいか迷ったけど、答えるまで諦めてくれそうになかったので直球に訊いてみた。
「芸術家殺人事件のことを考えていたんだけど、どうして犯人は芸術品にこだわっているのかなって…」
「あんなものは芸術じゃない。寧ろ冒頭だと思う。…ただ、犯人は誰かに認めてほしいのかもしれない」
「どうしてそう思ったの?」
「目立つところに遺体を放置しているから。それから、被害者が全員女性なのは助成に対する恨みが強いからかもしれない」
氷雨君は推理小説の探偵みたいにすらすらと推理を組み合わせていく。
「すごい…」
「あくまで予想だけどね。あとは経験則」
「…そっか」
氷雨君は、黄泉行列車の中で殺された人たちとも沢山触れ合ってきたのかもしれない。
「あ、えっと…お弁当、どうだった?」
「いつもどおり」
「嫌いなものとか…」
「特にない。基本的になんでも食べられるから平気。それに、毎日こんな面倒事をやってもらっているんだから感謝しかない」
「私がやりたくてやってるだけだから、これからも受け取ってもらえると嬉しいな」
寒くなってきた屋上で想いを言葉にしてみる。
大きな反応があったわけじゃないけど、迷惑がられていないみたいでほっとした。

…その夜、長い髪に大量の花が巻きついている女性のお客様を担当することになった。
「こんばんは。あの、何かご注文があればお申しつけください」
《……》
無言なのは、放っておいてほしいからなのかもしれない。
一瞬そう思ったけど、もう一度だけ声をかけてみる。
「あ、あの!」
《…ああ、ごめんなさい。少しぼんやりしていて…。それから、少し耳が聞こえにくくなっているみたいで》
「こ、このくらいの声なら聞こえますか…?」
《充分です。ありがとう》
女性は全身濡れていて、なんだかどこかで見た顔だ。
少し考えて理解した。
今夜の担当は殺人事件の被害者車両。
……目の前にいる女性は、恐らくオフィーリアだ。
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