皓皓、天翔ける

黒蝶

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第26章『届かなかった歌を君に』

第154話

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「今回は特殊な事情を抱えたお客様だったけど、疲れてない?」
「大丈夫。寧ろいつもより緊張しないで話せたから、失礼なことは言ってない…と、思う」
自信はないけど、さっきのお客様の笑顔に誤魔化しは見えなかった。
心から笑ってくれたんだと思いたい。
「…今は眠くないの?」
「うん。どうしてかな…」
「それなら、少しだけ話してあげる」
「え?」
「…これのこと」
氷雨君は頭の左側にある固い何かを触りながら、ぽつりと呟いた。
「元々は角だったものなんだ。小さいし、片側にしかなかったけど…」
「ごめんなさい。知らなかったとはいえ、あんなにぺたぺた触っちゃって…。痛くなかった?」
「別に。…もっとやばいやつが沢山いたから」
氷雨君は鬼に近い何かだった、ということだろうか。
それならどうして片側にしか角がなかったんだろう。
「君は、俺を見ても怖がらない。さっきのお客様のこともそうだけど、ひとりの人として扱ってもらえるのはすごくありがたいんだ。
…まあ、さっきのお客様はただの人間だったけどね」
「やっぱり氷雨君は、人間じゃないんだよね?」
「俺は──」
その瞬間、がたんと列車が揺れた。
…と思ったけど、違うみたいだ。
「続きはまた気が向いたときに」
その言葉と同時に、意識がぷっつり途切れた。


「心因性難聴ですね。残念ですが、ここから聴力が回復する見こみはほぼありません」
「そんな…」
少女の生活はそれから大きく変わった。
まず、持っていたギターを弾かない。…もしかすると、弾くと影響があるからだろうか。
「──で、──に、なら…」
次に、言葉がよく聞き取れない。
授業中何度も聞きかえすわけにはいかず、独学で勉強を進めていた。
考えていた進路は音楽に力を入れた高校だったみたいだけど、進路先も変えざるを得なかったみたいだ。
「ただいま」
「ああ、小春…」
家族との会話もなくなった。
彼女にとって支えになっているのが、調子がいいときに聴く音楽だ。
心がぽかぽかして、どんどん突き動かされていく。
書き溜めた歌詞ノートがずらりと並んでいる棚を見つめながら、少女はひとり涙を流す。
絶望した表情で夜の街へくりだした彼女が出会ったのは、ギターを持った別の少女だ。
「ごめんなさい。ぶつかっちゃったよね?大丈夫?」
「えっと…」
補聴器に気づいた少女は、持っていたノートに言葉を綴った。
「【ごめんね。怪我してない?】」
「大丈夫です。ありがとう」
「【学校どこ?中学生?】」
「中3です」
「【じゃあ、進路で迷ってるなら私が行く予定の高校においでよ!私、足にちょっと障害があって走れないんだ。
でも、大体の子が何かしら抱えているらしいから困ったときはお願いしやすいよ。この前見学に行ったとき、そこの先生たちが言ってた】」
「…なんていう学校?」
ギター少女はパンフレットを渡して、自分の連絡先を書いたメモも渡す。
そしてそのまま、手をふってどこかへ行ってしまった。
「……私にもできるかな」
それをもって、少女は来た道を引き返す。
それが彼女を変える出会いだったのだろう。
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