193 / 236
第28章『泥水に咲く花』
第161話
しおりを挟む
「おはよう」
また席が隣同士になった氷雨君に小声で声をかける。
向こうからも小さく返事が返ってくることが多いけど、今日はそういうわけにもいかないらしい。
「宵月君ってスポーツ大会出るの?」
「出ない」
「宵月君、クールだもんね…」
「頼むよ宵月」
「苦手なんだ。申し訳ないけど別の人に声をかけて」
もうすぐ朝のホームルームなのに、口早に話で出ていってしまった。
多分、他のクラスメイトたちは氷雨君と一緒に何かをやりたいんだと思う。
だけど、本人がそれを望んでいない。
「あ、あの、お弁当…」
「…相変わらず律儀だね」
そう言いつつ、氷雨君はいつだって綺麗に完食してくれる。
私には、もう他に美味しそうにご飯を食べてくれる人がいない。
他の人でもいいという話ではないけど、氷雨君が食べてくれるからお弁当の手を抜かずにいられている。
「今日も美味しかった。…あと、これ」
「ありがとう」
綺麗に洗われたお弁当箱が返ってきて、その中に紙が挟まっているのを見つける。
【美味しかった】
「…ありがとう」
メモ用紙を別のファイルにはさんで、真っ直ぐ屋上を後にする。
新学期早々、学校を抜け出した。
「成川さんの荷物はこれで全部になります」
「あ、ありがとうございました」
施設の部屋はベッドがひとつあるだけの、まっさらなものになった。
おばさんがここにいたことまで消えてしまいそうで不安だったけど、施設の職員さんたちが親切にしてくれたから少しだけ心の整理ができた気がする。
「ありがとうございました」
「いえ。こちらこそありがとうございました」
おばさんの荷物は思ったより少なくて、ダンボールふたつ分くらいしか入っていない。
私が借りていたマンションの部屋は実はおばさんが買ったものらしく、正式に私の家になった。
成人するまで名義は保証協会のものになるらしいけど、このまま住めるのはありがたい。
「…終わったの?」
「うん。色々、全部」
夜、新しくなったマントを羽織りながら氷雨君と話す。
「今夜の車両はあまり気分がいいものではないと思うけど、やれる?」
「が、頑張ってみる」
せめて、おばさんに恥じない人でありたい。
この1年で色々なことを学んで、色々な人と出会って…少しだけ救われた。
誰かの支えになれるこの仕事を、これからも全力でやっていこう。
…今の私にできるのは、それしかないから。
「それじゃあ、行こうか」
「うん」
列車に乗った直後、何かが割れる音がした。
その方向へ走っていくと、少女がうずくまっている。
《なんで?なんで私…》
混乱している少女と目線を合わせて声をかけてみる。
「お客様、どうされました?」
また席が隣同士になった氷雨君に小声で声をかける。
向こうからも小さく返事が返ってくることが多いけど、今日はそういうわけにもいかないらしい。
「宵月君ってスポーツ大会出るの?」
「出ない」
「宵月君、クールだもんね…」
「頼むよ宵月」
「苦手なんだ。申し訳ないけど別の人に声をかけて」
もうすぐ朝のホームルームなのに、口早に話で出ていってしまった。
多分、他のクラスメイトたちは氷雨君と一緒に何かをやりたいんだと思う。
だけど、本人がそれを望んでいない。
「あ、あの、お弁当…」
「…相変わらず律儀だね」
そう言いつつ、氷雨君はいつだって綺麗に完食してくれる。
私には、もう他に美味しそうにご飯を食べてくれる人がいない。
他の人でもいいという話ではないけど、氷雨君が食べてくれるからお弁当の手を抜かずにいられている。
「今日も美味しかった。…あと、これ」
「ありがとう」
綺麗に洗われたお弁当箱が返ってきて、その中に紙が挟まっているのを見つける。
【美味しかった】
「…ありがとう」
メモ用紙を別のファイルにはさんで、真っ直ぐ屋上を後にする。
新学期早々、学校を抜け出した。
「成川さんの荷物はこれで全部になります」
「あ、ありがとうございました」
施設の部屋はベッドがひとつあるだけの、まっさらなものになった。
おばさんがここにいたことまで消えてしまいそうで不安だったけど、施設の職員さんたちが親切にしてくれたから少しだけ心の整理ができた気がする。
「ありがとうございました」
「いえ。こちらこそありがとうございました」
おばさんの荷物は思ったより少なくて、ダンボールふたつ分くらいしか入っていない。
私が借りていたマンションの部屋は実はおばさんが買ったものらしく、正式に私の家になった。
成人するまで名義は保証協会のものになるらしいけど、このまま住めるのはありがたい。
「…終わったの?」
「うん。色々、全部」
夜、新しくなったマントを羽織りながら氷雨君と話す。
「今夜の車両はあまり気分がいいものではないと思うけど、やれる?」
「が、頑張ってみる」
せめて、おばさんに恥じない人でありたい。
この1年で色々なことを学んで、色々な人と出会って…少しだけ救われた。
誰かの支えになれるこの仕事を、これからも全力でやっていこう。
…今の私にできるのは、それしかないから。
「それじゃあ、行こうか」
「うん」
列車に乗った直後、何かが割れる音がした。
その方向へ走っていくと、少女がうずくまっている。
《なんで?なんで私…》
混乱している少女と目線を合わせて声をかけてみる。
「お客様、どうされました?」
0
あなたにおすすめの小説
花嫁御寮 ―江戸の妻たちの陰影― :【第11回歴史・時代小説大賞 奨励賞】
naomikoryo
歴史・時代
名家に嫁いだ若き妻が、夫の失踪をきっかけに、江戸の奥向きに潜む権力、謀略、女たちの思惑に巻き込まれてゆく――。
舞台は江戸中期。表には見えぬ女の戦(いくさ)が、美しく、そして静かに燃え広がる。
結城澪は、武家の「御寮人様」として嫁いだ先で、愛と誇りのはざまで揺れることになる。
失踪した夫・宗真が追っていたのは、幕府中枢を揺るがす不正金の記録。
やがて、志を同じくする同心・坂東伊織、かつて宗真の婚約者だった篠原志乃らとの交錯の中で、澪は“妻”から“女”へと目覚めてゆく。
男たちの義、女たちの誇り、名家のしがらみの中で、澪が最後に選んだのは――“名を捨てて生きること”。
これは、名もなき光の中で、真実を守り抜いたひと組の夫婦の物語。
静謐な筆致で描く、江戸奥向きの愛と覚悟の長編時代小説。
全20話、読み終えた先に見えるのは、声高でない確かな「生」の姿。
大正ロマン恋物語 ~将校様とサトリな私のお試し婚~
菱沼あゆ
キャラ文芸
華族の三条家の跡取り息子、三条行正と見合い結婚することになった咲子。
だが、軍人の行正は、整いすぎた美形な上に、あまりしゃべらない。
蝋人形みたいだ……と見合いの席で怯える咲子だったが。
実は、咲子には、人の心を読めるチカラがあって――。
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜
美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?
離婚する両親のどちらと暮らすか……娘が選んだのは夫の方だった。
しゃーりん
恋愛
夫の愛人に子供ができた。夫は私と離婚して愛人と再婚したいという。
私たち夫婦には娘が1人。
愛人との再婚に娘は邪魔になるかもしれないと思い、自分と一緒に連れ出すつもりだった。
だけど娘が選んだのは夫の方だった。
失意のまま実家に戻り、再婚した私が数年後に耳にしたのは、娘が冷遇されているのではないかという話。
事実ならば娘を引き取りたいと思い、元夫の家を訪れた。
再び娘が選ぶのは父か母か?というお話です。
元カノと復縁する方法
なとみ
恋愛
「別れよっか」
同棲して1年ちょっとの榛名旭(はるな あさひ)に、ある日別れを告げられた無自覚男の瀬戸口颯(せとぐち そう)。
会社の同僚でもある二人の付き合いは、突然終わりを迎える。
自分の気持ちを振り返りながら、復縁に向けて頑張るお話。
表紙はまるぶち銀河様からの頂き物です。素敵です!
根暗令嬢の華麗なる転身
しろねこ。
恋愛
「来なきゃよかったな」
ミューズは茶会が嫌いだった。
茶会デビューを果たしたものの、人から不細工と言われたショックから笑顔になれず、しまいには根暗令嬢と陰で呼ばれるようになった。
公爵家の次女に産まれ、キレイな母と実直な父、優しい姉に囲まれ幸せに暮らしていた。
何不自由なく、暮らしていた。
家族からも愛されて育った。
それを壊したのは悪意ある言葉。
「あんな不細工な令嬢見たことない」
それなのに今回の茶会だけは断れなかった。
父から絶対に参加してほしいという言われた茶会は特別で、第一王子と第二王子が来るものだ。
婚約者選びのものとして。
国王直々の声掛けに娘思いの父も断れず…
応援して頂けると嬉しいです(*´ω`*)
ハピエン大好き、完全自己満、ご都合主義の作者による作品です。
同名主人公にてアナザーワールド的に別な作品も書いています。
立場や環境が違えども、幸せになって欲しいという思いで作品を書いています。
一部リンクしてるところもあり、他作品を見て頂ければよりキャラへの理解が深まって楽しいかと思います。
描写的なものに不安があるため、お気をつけ下さい。
ゆるりとお楽しみください。
こちら小説家になろうさん、カクヨムさんにも投稿させてもらっています。
お姫様は死に、魔女様は目覚めた
悠十
恋愛
とある大国に、小さいけれど豊かな国の姫君が側妃として嫁いだ。
しかし、離宮に案内されるも、離宮には侍女も衛兵も居ない。ベルを鳴らしても、人を呼んでも誰も来ず、姫君は長旅の疲れから眠り込んでしまう。
そして、深夜、姫君は目覚め、体の不調を感じた。そのまま気を失い、三度目覚め、三度気を失い、そして……
「あ、あれ? えっ、なんで私、前の体に戻ってるわけ?」
姫君だった少女は、前世の魔女の体に魂が戻ってきていた。
「えっ、まさか、あのまま死んだ⁉」
魔女は慌てて遠見の水晶を覗き込む。自分の――姫君の体は、嫁いだ大国はいったいどうなっているのか知るために……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる