皓皓、天翔ける

黒蝶

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第30章『満たされない感情』

第182話

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それからというもの、ふたりの生活は変わってしまった。
お店に入るときまでは楽しそうに話しているけど、ある人物とシフトがかぶってしまったときは気分が沈んでいる。
「有、」
「有ちゃん、こっち手伝ってもらっていい?」
「あ、うん」
そんな姿を見ていた先輩が少女を呼び出す。
「ありさちゃん、有と仲良くしてくれるのはありがたいけど…モモに対するあの態度には理由があるの?」
「玉木先輩…話を聞いてもらえませんか?」
お店を独立した先輩についていったという話は聞いていたし、目の前の人がそうなんだろうってことは分かる。
だけど、まさかその人がお友だちの知り合いだとは思っていなかった。
「成程。そういうことなら、私のお店に来ない?ここだけの話、実は独立する予定で…デザイナー見習いさんも募集中だよ」
「…!是非お願いします!」
こうしてふたりは再び平穏を手に入れた。
…のはほんの少しの間だけで、すぐに試練が訪れる。
「やっと見つけた!」
「どうして…」
「ひどおい、なんでモモに言ってくれなかったの?おいかけっこ、楽しかったからよかったけど」
「あなたは何をしにここへ来たの?ふたりとも、今日はいいからもう帰って休んで」
「ありがとうございます」
「お疲れ様でした」
前とは違う帰り道、ふたりは沈んだ声で話しはじめる。
「見つかっちゃったね。…僕のせいで迷惑かけてごめん」
「私の方こそごめん。店長さんも気をつけてくれてたのに、まさか写真にうつっちゃってたなんて…」
「…僕から離れていいんだよ。あの子の狙いは僕だから」
「嫌だ。私にとって、有ちゃんは大切な友だちだから。困っているときは助け合いでしょ?」
「ありさ…」
少女は戦うことを諦めていなかった。
それから、ふたりの絆の深さがよく分かる。
「ふたりでお店を作るまで、一緒に頑張ろう」
「うん!」
…けれど、それから数日後事件はおきた。
「有一君、なんでモモの隣にいてくれないの?」
「ごめん。僕は君と一緒にいたいと思えないんだ」
「なんで?ねえ、なんで?」
その手に握られていたのは、鉄の塊のようなもの。
「有ちゃん!」
少女は怪我を負いながらも必死で戦った。
本当に大切な人と、追いかけ続けてきた夢のために。
「あなた、自分が何してるか分かってるの!?本当に大切なら傷つけちゃ駄目だよ」
「うるさい!おまえさえいなければ!」
それでもまだおさまらない癇癪を、大切な人へとぶつけようとする。
「モモのものにならないならいなくなっちゃえ!」
「有ちゃん、逃げて」
「で、でも、」
「あっちに交番がある。早く行って」
「ありさ…。ごめん、すぐ戻るから!」
少女は痛みを堪えて、大切な人を追いかけようとするつきまとい犯を必死に止める。
「ふざけるな!離せ!」
「あ…」
少女はバランスを崩し、コンクリートに勢いよく激突した。
棒で殴られてぼろぼろの足に、打ちつけて出血する頭。
「あははは!」
それでも少女は、狂った笑みを浮かべる犯人の足に縋りつく。
いつの間にか刃物に持ち替えたその手でもう一度彼女を殴ろうとした瞬間、大きな声が響き渡る。
「武器をおろしなさい!」
「ありさ!すぐに救急車を呼ぶから。大丈夫、絶対死なせない。こんな僕を友だちなんて言ってくれた優しい人を……」
その間にも、少女の体からはどんどん血が流れていく。
「暴れないで、そのまま膝をついて」
「くそ、どいつもこいつも邪魔しやがって…ぎゃあ!」
少女は最後の力で犯人の足を思いきり引っ張る。
持っていた凶器が偶然直撃した。
「が、あ……」
まさかそんな偶然がおこっていたなんて、安心したように目を閉じた少女は知らなかっただろう。
こうして、少女は1番護りたかったものを身を挺して守り抜いた。
…残された人の心に、大きな傷を残して。
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