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File1 自覚無き殺人犯

第五十七話 弟の推測

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「なんだよそれ……関われば関わるほど問題しか出てこねぇじゃねーか……ま、今更か」

弟は苦虫を潰したような顔で呟き、溜め息を吐いた。

「逮捕された服部はいいとして、まずは身近な危険因子の方だな」


危険、因子?


「そういえばアンタ、前に言ってたよな? 『泡蛇が視えても、無自覚な人ばかりで能力が使えない人の方が多い』って。課長もそっちの人って可能性はねーのかよ?」


課長のことか、危険って。
我が弟ながら用心深いな……。


俺は首を横に振った。

「いや、それはない」

「……はっきり言うんだな」

「実は泡蛇には二種類あるんだよ。不規則に動く泡蛇と規則的に動く泡蛇。前者は自覚がなくて使いこなせていない、もしくは使えるけど安定した力の発揮ができない人で、後者が──」

「自覚があって使いこなせている人……それが課長になるわけか」

俺は無言で一度頷く。

「そうなると、ますますきなくせぇな……」

弟は眉間に深く皺を刻む。

「きな臭い? なんか事情があって、課長が隠してるだけなんじゃないか?」

「相変わらず……能天気な頭だなぁ。服部の事件の調査開始時、アンタおかしいと思わなかったのか?」

「開始時?」

俺は記憶を辿たどり、服部の捜査開始までさかのぼる。


***


"服部和毅は能力者で、彼は人の身体を操る能力を得ている。
しかし、能力の発動条件として身体の自由を奪われるため、妻の殺害を終えるまでの間、ネットカフェで過ごすことになった、とね"


……なんか、課長、無理やり能力者を犯人に仕立て上げようとしてるような気がするのは俺の勘違い?


「課長、遂にボケがキタナ。病院で頭見てもらったらどうだ?#/$€%」


あ、よかった。椿先輩も同じようなこと考えてた。毒舌炸裂してるけど。


「失礼だね! 私は至って真剣だよ」

「まぁまぁ、課長のぶっ飛んだアホみたいな想像力のお陰で今までも能力者関連の事件も解決してきたじゃない」


え、これが通常運転なの?
あ、歩さんも頷いてる。

***


「あ、そういえば……課長の推理」

「課長は最初から全部知ってたんじゃねーの?」

「そんなまさか……」


じゃあ何でわざわざ今回捜査なんて?


「じゃなきゃ普通、あそこまで推理できねーよ」

「その場合どうなる? 他のメンバーは?」


"まぁまぁ、課長のぶっ飛んだアホみたいな想像力のお陰で今までも能力者関連の事件も解決してきたじゃない"


その言葉が俺の脳内で繰り返された。

「グルだろ、グル。あの推理に納得して捜査進めんのはおかしいだろ……チッ、アホらしい」

弟は苛々した様子で貧乏ゆすりをし始めた。

「わざわざ何でそんな面倒なことをするんだ? だって、最初からわかってたならここまで捜査し直す必要もないはずだろ……」

「表向きはホワイトな警察官を演じなきゃいけないからじゃねーの? 
椿先輩も言ってたろ、職権濫用はうちでは合法ってさ。結構ヤバイことしててもおかしくねぇよな。
とはいえ、こんなこと表立って認められているわけでもねーだろうから、それなりに正しい方法で捜査して逮捕しましたよってのがほしかったんじゃない?」


後ろ暗い捜査をカモフラージュするため……ってことか。


「じゃあ課長は、犯人をあぶり出すような能力をもっている、とか?」

「さぁな。でもまぁ、可能性としてはあるだろう。俺たちにも隠すくらいなんだし」


課長は一体……何の能力を隠してるんだ?


「兄貴」

先程とは打って変わって、傷ついたように眉を下げた表情で弟が俺の目を覗き込んでいた。

「誰も信じるなよ。絶対に情も移すな」

「いやぁ~それは難しいな。慣れてないし」

俺は「あはは……」と苦笑いを溢しながら後頭部に片手をやってガシガシと髪を掻き回す。

そんな俺を見て、弟は俺の胸ぐらに掴みかかった。

「アンタ状況わかってんのか⁉︎ 内部に親父を殺した犯人だっているかもしれねぇんだぞ⁉︎」

「わかってる。でも、俺は」


"信じたいものを信じるよ"


「それに、俺にはおまえがいるし」

そう言って俺はにししと歯を見せて弟に笑いかけた。

「俺はおまえほど用心深くない。だから、おまえが俺の代わりに疑ってくれよ、な?」

大きな舌打ちが聞こえたかと思えば、胸ぐらを掴む弟の手が緩み、そして離れた。掴まれていたシャツに目を移せば皺々になって跡がついてしまっていた。それを見て、俺は嬉しくて思わず笑ってしまいそうになったが、必死に堪える。


だって、それだけこいつが俺のことを心配してくれているってことだもんな。


「頼りすぎだ……今からでも遅くねぇから疑うことを習慣付けていけよ?」

「わかったよ」

そう言って俺がガサツに弟の頭を撫でると、即座に跳ね除けられてしまった。同時に顔を逸らされてしまったが、弟の耳が赤いことに気がつく。


嫌われたわけでは、ないらしい。









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