72 / 99
File1 自覚無き殺人犯
第五十九話 隠蔽
しおりを挟む
隠蔽? あんな大きな事件を?
そんな──
「大規模な事件だったからこそ、隠蔽が必要だったんだろう」
弟が俺の表情から疑問を汲み取ったのか、説明する。
「服部の事件と過去の事件との関連性を話してるのに、十六年前のことを持ち出したってことは、関係があると考えてもいいだろう。あの事件の前から追ってんのに尻尾すら掴めていないような犯人だ。そんな中でのあのテロだぞ? 最初から誰かに罪を着せる気だったんだろうな。国民の騒ぎをおさめる方を優先したんだよ警察は──」
雑務課が設立されたのは、あのテロ以降のこと。それまで、今いるメンバーは別々の部署だったわけだが、テロ事件の隠蔽工作に彼等が関わっているかどうかはわからない。
雑務課以外の連中もだが──。
メンバーの顔が脳裏に過ぎる。
皆んな優しくて、堂々と隠蔽なんかしているようにはとても見えない。それは今回の捜査に関しても。彼等と接していて、それが表面的な優しさじゃないことがわかる。課長に関してはなんとも言えないところだが、短い期間であっても彼等と関わってきた確かな時間を否定したくない。
即座にメンバー関与について否定の言葉を述べようと、やや伏し目がちになって床を見つめていた視線を上げ、弟の顔に移し、口を開いたが発声までには至らなかった。それは、弟が傷ついたように眉をひそめ、下唇をギリリと噛み締めていたからだ。とても否定する気にはなれなかった。
揺れ動く弟の視線がカチリと俺と交わる。
俺の心情を察し、気遣ったのかスイッチが切り替わったかのように先程の表情とは打って変わって緩んでいた。それは、俺の表情がわかりやすいためなのか、弟が察するのが上手いのか、双子特有のテレパシー的なやつの影響なのか。日頃の周囲の俺に対する評価からして、前者の可能性が高い気がする。とはいえ、スイッチの切り替えができるくらいの心の余裕はあるみたいで安心した。
「アンタ、課長によく『隠蔽ですか?』なんて聞けたな。そん時俺が聞いてたら、絶対言わなかったぞ。組織を敵に回すような発言とか」
言ってしまったものは仕方がないが、そこを突かれると痛いものがある。慎重さに欠ける発言だったことに今更ながらに気がつく。
「いや、だって、やっぱり気になるだろ?」
弟はやれやれと首を横に振った。『これだから兄貴は』とか思っているに違いない。口に出して言わないってことは、もう言うだけ無駄だと思ったからなんだろう。
「でも、ある意味今回はそれでよかったのかもしれねぇな。
アンタのその性格だからこそ咎められなかった可能性もある。
だが、隠蔽が日常的に行われているから何も感じていないが故に話したって可能性もあるけどな」
「そこまで頭回らなかった……。勢いでそれも聞けたらよかったんだけどな」
天井を見つめて側頭部の髪をがしがしと雑に掻いた。
「や、やめろよ⁉︎ 俺のいねぇところで問題まき散らされるとか溜まったもんじゃねぇーわ……」
「じゃあ、聞かなくてよかったのか?」
「情報は多いに越したことはねぇけど、好奇心だけで突っ走ってりゃそれだけで危険度が上がる。優先すべきは俺たちの命だろ? そのイノシシみてぇな一直線に突進しか出来ねぇ考え方はとっとと捨てろ」
「イノシシみたいって、失礼だな本当に……」
いまの弟の言葉が聞けて良かった。
俺は弟のいない間、能力を発動して十分に気をつけていたはずだった。だが、課長と二人の車内で俺は好奇心が先走って聞いてしまった。隠蔽のことを──。俺は自分だけじゃなく、危うく弟まで危険にさらしてしまうところだったんだ。
弟のイノシシみたいって発言にはちょっと傷ついたけど、本当にそうだと納得する。一直線に突進するだけではなく、時には立ち止まって考えられるイノシシには昇格できるよう努力しようと俺は思った。イノシシから早々に脱出したいけど、性格はすぐに直せるものじゃない。
その日が来るのは一体いつになるのやら……。
そんな──
「大規模な事件だったからこそ、隠蔽が必要だったんだろう」
弟が俺の表情から疑問を汲み取ったのか、説明する。
「服部の事件と過去の事件との関連性を話してるのに、十六年前のことを持ち出したってことは、関係があると考えてもいいだろう。あの事件の前から追ってんのに尻尾すら掴めていないような犯人だ。そんな中でのあのテロだぞ? 最初から誰かに罪を着せる気だったんだろうな。国民の騒ぎをおさめる方を優先したんだよ警察は──」
雑務課が設立されたのは、あのテロ以降のこと。それまで、今いるメンバーは別々の部署だったわけだが、テロ事件の隠蔽工作に彼等が関わっているかどうかはわからない。
雑務課以外の連中もだが──。
メンバーの顔が脳裏に過ぎる。
皆んな優しくて、堂々と隠蔽なんかしているようにはとても見えない。それは今回の捜査に関しても。彼等と接していて、それが表面的な優しさじゃないことがわかる。課長に関してはなんとも言えないところだが、短い期間であっても彼等と関わってきた確かな時間を否定したくない。
即座にメンバー関与について否定の言葉を述べようと、やや伏し目がちになって床を見つめていた視線を上げ、弟の顔に移し、口を開いたが発声までには至らなかった。それは、弟が傷ついたように眉をひそめ、下唇をギリリと噛み締めていたからだ。とても否定する気にはなれなかった。
揺れ動く弟の視線がカチリと俺と交わる。
俺の心情を察し、気遣ったのかスイッチが切り替わったかのように先程の表情とは打って変わって緩んでいた。それは、俺の表情がわかりやすいためなのか、弟が察するのが上手いのか、双子特有のテレパシー的なやつの影響なのか。日頃の周囲の俺に対する評価からして、前者の可能性が高い気がする。とはいえ、スイッチの切り替えができるくらいの心の余裕はあるみたいで安心した。
「アンタ、課長によく『隠蔽ですか?』なんて聞けたな。そん時俺が聞いてたら、絶対言わなかったぞ。組織を敵に回すような発言とか」
言ってしまったものは仕方がないが、そこを突かれると痛いものがある。慎重さに欠ける発言だったことに今更ながらに気がつく。
「いや、だって、やっぱり気になるだろ?」
弟はやれやれと首を横に振った。『これだから兄貴は』とか思っているに違いない。口に出して言わないってことは、もう言うだけ無駄だと思ったからなんだろう。
「でも、ある意味今回はそれでよかったのかもしれねぇな。
アンタのその性格だからこそ咎められなかった可能性もある。
だが、隠蔽が日常的に行われているから何も感じていないが故に話したって可能性もあるけどな」
「そこまで頭回らなかった……。勢いでそれも聞けたらよかったんだけどな」
天井を見つめて側頭部の髪をがしがしと雑に掻いた。
「や、やめろよ⁉︎ 俺のいねぇところで問題まき散らされるとか溜まったもんじゃねぇーわ……」
「じゃあ、聞かなくてよかったのか?」
「情報は多いに越したことはねぇけど、好奇心だけで突っ走ってりゃそれだけで危険度が上がる。優先すべきは俺たちの命だろ? そのイノシシみてぇな一直線に突進しか出来ねぇ考え方はとっとと捨てろ」
「イノシシみたいって、失礼だな本当に……」
いまの弟の言葉が聞けて良かった。
俺は弟のいない間、能力を発動して十分に気をつけていたはずだった。だが、課長と二人の車内で俺は好奇心が先走って聞いてしまった。隠蔽のことを──。俺は自分だけじゃなく、危うく弟まで危険にさらしてしまうところだったんだ。
弟のイノシシみたいって発言にはちょっと傷ついたけど、本当にそうだと納得する。一直線に突進するだけではなく、時には立ち止まって考えられるイノシシには昇格できるよう努力しようと俺は思った。イノシシから早々に脱出したいけど、性格はすぐに直せるものじゃない。
その日が来るのは一体いつになるのやら……。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
今さら「間違いだった」? ごめんなさい、私、もう王子妃なんですけど
reva
恋愛
「貴族にふさわしくない」そう言って、私を蔑み婚約を破棄した騎士様。
私はただの商人の娘だから、仕方ないと諦めていたのに。
偶然出会った隣国の王子は、私をありのまま愛してくれた。
そして私は、彼の妃に――。
やがて戦争で窮地に陥り、助けを求めてきた騎士様の国。
外交の場に現れた私の姿に、彼は絶句する。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる