21 / 52
21 爵位譲渡書
「──確かに。」
男は慇懃に書類を受け取った。
それは爵位譲渡書の受領確認の書類だった。
昼過ぎた頃、この男はやって来た。
着ている服を見る限り、王宮関係ではなく事務的な仕事の関係者なのだろうと
思った通り法務部の者だった。
出来上がった書類を、約束した日時に自宅に届けに来たがルドンが留守だった為
スピナが代理で受け取った所だった。
討伐で、家を長期空けることになると思っていなかったルドンは
昼休憩にでも抜けて、この書類を受け取ってしまおうと思っていたのであろう。
この家にはシオという五十歳位の執事がいる。
しかし、実際の家の管理は全てルドンがしていた。
使用人は通いのみで数人である。
昼間、侍女や女中以外は一人になるスピナを気にしてシオを置き
体面を保っている…というのが本当の所だ。
「いや、無事に譲渡が終わってホッとしております。
旦那様にも申し上げたのです。
三ヶ月は喧嘩などなさいませんように…と。
揉めて爵位も受け取れず相続税も返ってこず…という
大変な思いをされた方を、以前知っていたものですから…。」
男は楽しい小話の一つでもした気になって帰って行ったが
スピナにとっては傷口に塩を塗られたような、ただただ耳の痛い話だった。
ルドンのような魅力的な男なら、週に一度でも抱いてやれば
どんな女も満足するだろうに。
ルドンは、月のものが来ている日以外、スピナを毎晩甘く抱いた。
まるで念を押すかのように──。
その男の話は、ルドンの行為に対する完璧な答えだった…。
スピナは黒い牛皮で閉じてある爵位譲渡書を、ルドンの執務室の机にそっと置いた。
これでスピナの役割はルドンにとって終わったといえる。
ルドンはスピナと気まずく別れたまま討伐に行き、一週間程帰宅していなかった。
帰宅して、これを受け取ったルドンはどんな手を使うのだろう。
例えば…愛人でも連れ込んで妻の方から出て行ってもらうようにするとか…。
一番面倒がなさそうだ。
この国には妾制度があり、王を筆頭に権力や財産にあふれている者は
愛人を持つことが多い。
余裕のある者は、その状態でも揉め事が少ないからだ。
スピナが思いを巡らせていると、執務室の外で、家の者達が騒がしくしているのが
聞こえてきた。
部屋を出ていくと、シオを取り囲んで二人の女中が立ち話をしていた。
スピナを見ると、一人の女中がスピナに恐る恐る話しかける。
「…奥様…。アフェリエアの討伐でフリード王がお怪我をされたそうです。
魔物の討伐は無事に終わったとの事ですが、何でも重傷という事で…。
旦那様の話は何も入ってきていないのですが…。」
「───────。」
スピナは鈍器で頭を殴られたような衝撃とともに、頭が真っ白になるのを感じた。
あんなに強大な力を持つ王が重傷…。
その王を守るのがルドンの本来の役目…。
あのルドンが、おちおち王に怪我を負わせるはずがない。
王が重傷という事は…。
シオが静かに言った。
「奥様、もう兵は帰路に就いているという連絡は来ておりますから
早ければ今夜、遅くとも明日の朝には…。」
スピナはこの家の主人の妻として、皆を安心させようとした。
「何も連絡が来ないのは…。王が重傷で皆があわてているからで………。」
言っていて次の言葉がでてこない。
「…ごめんなさい。私、ルドン様を迎えに行ってもよろしいですか?
兵を率いての討伐の時は、王都の門から帰還されるのが普通だから
…今から見て来ます。」
「奥様、私達もご一緒に…。」
「いえ、いつ帰って来られるか分からないし
すれ違いでルドン様が帰宅された時の為に家に居てください。」
ショールを羽織って出ていこうとするスピナに、シオが言った。
「奥様、公爵夫人は一人で外を出歩いてはなりません。」
「でもシオ、ルドン様が居なければ私は公爵夫人でも何でもないんですもの…。
だから、迎えに行かなくちゃ…。」
後ろでシオの声が聞こえたが、家の外に飛び出していた。
王都の門まで行けば何か分かる…きっと分かる…。
男は慇懃に書類を受け取った。
それは爵位譲渡書の受領確認の書類だった。
昼過ぎた頃、この男はやって来た。
着ている服を見る限り、王宮関係ではなく事務的な仕事の関係者なのだろうと
思った通り法務部の者だった。
出来上がった書類を、約束した日時に自宅に届けに来たがルドンが留守だった為
スピナが代理で受け取った所だった。
討伐で、家を長期空けることになると思っていなかったルドンは
昼休憩にでも抜けて、この書類を受け取ってしまおうと思っていたのであろう。
この家にはシオという五十歳位の執事がいる。
しかし、実際の家の管理は全てルドンがしていた。
使用人は通いのみで数人である。
昼間、侍女や女中以外は一人になるスピナを気にしてシオを置き
体面を保っている…というのが本当の所だ。
「いや、無事に譲渡が終わってホッとしております。
旦那様にも申し上げたのです。
三ヶ月は喧嘩などなさいませんように…と。
揉めて爵位も受け取れず相続税も返ってこず…という
大変な思いをされた方を、以前知っていたものですから…。」
男は楽しい小話の一つでもした気になって帰って行ったが
スピナにとっては傷口に塩を塗られたような、ただただ耳の痛い話だった。
ルドンのような魅力的な男なら、週に一度でも抱いてやれば
どんな女も満足するだろうに。
ルドンは、月のものが来ている日以外、スピナを毎晩甘く抱いた。
まるで念を押すかのように──。
その男の話は、ルドンの行為に対する完璧な答えだった…。
スピナは黒い牛皮で閉じてある爵位譲渡書を、ルドンの執務室の机にそっと置いた。
これでスピナの役割はルドンにとって終わったといえる。
ルドンはスピナと気まずく別れたまま討伐に行き、一週間程帰宅していなかった。
帰宅して、これを受け取ったルドンはどんな手を使うのだろう。
例えば…愛人でも連れ込んで妻の方から出て行ってもらうようにするとか…。
一番面倒がなさそうだ。
この国には妾制度があり、王を筆頭に権力や財産にあふれている者は
愛人を持つことが多い。
余裕のある者は、その状態でも揉め事が少ないからだ。
スピナが思いを巡らせていると、執務室の外で、家の者達が騒がしくしているのが
聞こえてきた。
部屋を出ていくと、シオを取り囲んで二人の女中が立ち話をしていた。
スピナを見ると、一人の女中がスピナに恐る恐る話しかける。
「…奥様…。アフェリエアの討伐でフリード王がお怪我をされたそうです。
魔物の討伐は無事に終わったとの事ですが、何でも重傷という事で…。
旦那様の話は何も入ってきていないのですが…。」
「───────。」
スピナは鈍器で頭を殴られたような衝撃とともに、頭が真っ白になるのを感じた。
あんなに強大な力を持つ王が重傷…。
その王を守るのがルドンの本来の役目…。
あのルドンが、おちおち王に怪我を負わせるはずがない。
王が重傷という事は…。
シオが静かに言った。
「奥様、もう兵は帰路に就いているという連絡は来ておりますから
早ければ今夜、遅くとも明日の朝には…。」
スピナはこの家の主人の妻として、皆を安心させようとした。
「何も連絡が来ないのは…。王が重傷で皆があわてているからで………。」
言っていて次の言葉がでてこない。
「…ごめんなさい。私、ルドン様を迎えに行ってもよろしいですか?
兵を率いての討伐の時は、王都の門から帰還されるのが普通だから
…今から見て来ます。」
「奥様、私達もご一緒に…。」
「いえ、いつ帰って来られるか分からないし
すれ違いでルドン様が帰宅された時の為に家に居てください。」
ショールを羽織って出ていこうとするスピナに、シオが言った。
「奥様、公爵夫人は一人で外を出歩いてはなりません。」
「でもシオ、ルドン様が居なければ私は公爵夫人でも何でもないんですもの…。
だから、迎えに行かなくちゃ…。」
後ろでシオの声が聞こえたが、家の外に飛び出していた。
王都の門まで行けば何か分かる…きっと分かる…。
あなたにおすすめの小説
その眼差しは凍てつく刃*冷たい婚約者にウンザリしてます*
音爽(ネソウ)
恋愛
義妹に優しく、婚約者の令嬢には極寒対応。
塩対応より下があるなんて……。
この婚約は間違っている?
*2021年7月完結
これって政略結婚じゃないんですか? ー彼が指輪をしている理由ー
小田恒子
恋愛
この度、幼馴染とお見合いを経て政略結婚する事になりました。
でも、その彼の左手薬指には、指輪が輝いてます。
もしかして、これは本当に形だけの結婚でしょうか……?
表紙はぱくたそ様のフリー素材、フォントは簡単表紙メーカー様のものを使用しております。
全年齢作品です。
ベリーズカフェ公開日 2022/09/21
アルファポリス公開日 2025/06/19
作品の無断転載はご遠慮ください。
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます
おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」
そう書き残してエアリーはいなくなった……
緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。
そう思っていたのに。
エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて……
※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。
【完結】妖精姫と忘れられた恋~好きな人が結婚するみたいなので解放してあげようと思います~
塩羽間つづり
恋愛
お気に入り登録やエールいつもありがとうございます!
2.23完結しました!
ファルメリア王国の姫、メルティア・P・ファルメリアは、幼いころから恋をしていた。
相手は幼馴染ジーク・フォン・ランスト。
ローズの称号を賜る名門一族の次男だった。
幼いころの約束を信じ、いつかジークと結ばれると思っていたメルティアだが、ジークが結婚すると知り、メルティアの生活は一変する。
好きになってもらえるように慣れないお化粧をしたり、着飾ったりしてみたけれど反応はいまいち。
そしてだんだんと、メルティアは恋の邪魔をしているのは自分なのではないかと思いあたる。
それに気づいてから、メルティアはジークの幸せのためにジーク離れをはじめるのだが、思っていたようにはいかなくて……?
妖精が見えるお姫様と近衛騎士のすれ違う恋のお話
切なめ恋愛ファンタジー
悪女は愛より老後を望む
きゃる
恋愛
――悪女の夢は、縁側でひなたぼっこをしながらお茶をすすること!
もう何度目だろう? いろんな国や時代に転生を繰り返す私は、今は伯爵令嬢のミレディアとして生きている。でも、どの世界にいてもいつも若いうちに亡くなってしまって、老後がおくれない。その理由は、一番初めの人生のせいだ。貧乏だった私は、言葉巧みに何人もの男性を騙していた。たぶんその中の一人……もしくは全員の恨みを買ったため、転生を続けているんだと思う。生まれ変わっても心からの愛を告げられると、その夜に心臓が止まってしまうのがお約束。
だから私は今度こそ、恋愛とは縁のない生活をしようと心に決めていた。行き遅れまであと一年! 領地の片隅で、隠居生活をするのもいいわね?
そう考えて屋敷に引きこもっていたのに、ある日双子の王子の誕生を祝う舞踏会の招待状が届く。参加が義務付けられているけれど、地味な姿で壁に貼り付いているから……大丈夫よね?
*小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。
許婚と親友は両片思いだったので2人の仲を取り持つことにしました
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<2人の仲を応援するので、どうか私を嫌わないでください>
私には子供のころから決められた許嫁がいた。ある日、久しぶりに再会した親友を紹介した私は次第に2人がお互いを好きになっていく様子に気が付いた。どちらも私にとっては大切な存在。2人から邪魔者と思われ、嫌われたくはないので、私は全力で許嫁と親友の仲を取り持つ事を心に決めた。すると彼の評判が悪くなっていき、それまで冷たかった彼の態度が軟化してきて話は意外な展開に・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
片想い婚〜今日、姉の婚約者と結婚します〜
橘しづき
恋愛
姉には幼い頃から婚約者がいた。両家が決めた相手だった。お互いの家の繁栄のための結婚だという。
私はその彼に、幼い頃からずっと恋心を抱いていた。叶わぬ恋に辟易し、秘めた想いは誰に言わず、二人の結婚式にのぞんだ。
だが当日、姉は結婚式に来なかった。 パニックに陥る両親たち、悲しげな愛しい人。そこで自分の口から声が出た。
「私が……蒼一さんと結婚します」
姉の身代わりに結婚した咲良。好きな人と夫婦になれるも、心も体も通じ合えない片想い。