一瞬の中のコーヒー

AquaSky

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コーヒーの香りの中に

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段々とアウターがいらなくなってきて、すっかり空気は暖かくなった。空気はこころなしか、黄色やピンクがかっているようだ。俺は、ベランダで缶コーヒーを飲みながら、穏やかな風に吹かれ、眼下に広がるピンク色の景色をぼんやりと眺める。スマホに目を落とすと、満開情報は少し前を指していた。
「もう少し、散らないでいてくれてもいいのにな」
―永遠なんてない。
いつからだろう。そう思うようになったのは。
コーヒー彼女とはあれっきりもう会えていない。黒猫も、三毛猫も、白猫にも、あの一度きりだけだ。変わらないものを探して、変わらない幸せを探してやってきたつもりだが、どこにも見つけられてはいない。そのままでいてほしいものほど、変わってしまう。
どこからか心地良い風が吹き、ピンク色の花びらが風に躍る。
川沿いを埋め尽くす花びらたちがいっせいに空に舞う。まるで、その時を待ち望んだかのように。
「まーたスマホいじってるの?」
―声。
探していた声。季節が移りゆく度に、ずっと。
「ねえ、聞こえてる?」
コーヒー彼女は、舞う花びらの中に立っていた。
「私のこと、覚えてる?」
いたずらそうな笑顔を浮かべながら、彼女は言う。
あたりまえだろ。そう言いたいのに、うまく声が出ない。
「君はさ、君たちはさ、永遠なんてないって言うよね。“ずっと”なんて、ないって言うよね」
彼女が歩く度に、桜が楽しそうに舞い躍る。
「そうね、確かに桜は散るかもしれない。確かに蝉は鳴き止むかもしれない。確かに木々は葉を落とし、雪は溶けるのかもしれない。だから、永遠なんてこれっぽっちもないように思えるかもしれないね。変わって欲しくないものほど、変わってしまうように思えるよね」
気づけば彼女の足元には、黒、茶、白の毛が程よく混ざった猫が、満足そうに寄り添っている。
よりいっそう、桜が空を舞っていく。

「永遠はね、一瞬の中にあるの」
彼女は言った。
  
「―どういうことだよ」
  俺はわけがわからなかった。
  「君は、君はいなくなっちゃったじゃないか!」
  我慢できずに俺は叫んだ。
「そうね、いなくなってしまったね。でもね、その“一瞬”を記憶すれば、“永遠”はあるの。その一瞬を、何度だって思い出すの。それと君は、『永遠なんてない、変わってほしくないものほど変わってしまう』と言ったよね。それは、その人が“変わらないから”なんだよ。君が変わらないと、変わってほしくないもの、大切なものは変わってしまう。綺麗な一瞬を永遠にするために、君は変わり続けなければならないんだよ」
彼女は明るく透き通った声で言った。
「私はいたよ。時にグラスの中の冷たい水、時に入道雲、時にコーヒー、時に猫、それは全て私。君のすぐそばにずっといた。君は時が経っても、ひとつひとつをずっと思い出してくれていたよね。思い出してくれて、一瞬を記憶してくれて、ありがとう。それに君は、ちゃんと変わってたんだよ。毎日を一生懸命生きて、変わって、私という一瞬を変わらないものにしてくれた」
満足そうに彼女は言う。
微笑む彼女は、花びらの中に消えてしまいそうで、俺は思わず彼女の側へ駆け寄る。
「ちょっと、なあにー?」
彼女は笑う、頰を桜色に染めて。
日はまだまだ高く、夕暮れには程遠い。

歩いていくしかないんだ。たとえその手の伸ばす先に確かなものがなくとも。
皆同じなんだ。
僕も、彼女も、猫さえも。
この一瞬の積み重ねに希望が、永遠があると信じて。
誰もが、今日もまた確かな一歩を踏みだしていく。

「永遠は、あったよ」
 そう呟く俺に、俺たちに、どこからかコーヒーの香りが、ほんの一瞬だけ、漂ってきた。
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