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猫と変わりゆく風景
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―いない。
朝起きた俺は、それを確信した。もちろん、俺の家には居るはずがない。そうではない。
“いない”のだ。この世界から。
流れる汗を手の甲で拭うと、ゆっくりとベッドから降りた。窓から入る風は涼しげなものとは程遠い。グラスに注いだ冷たい水を、一気に喉に流し込む。あぁ、生きている。そう感じることのできる瞬間であった。
―生きている?どういうことだ?
何故そう感じたのかはわからない。死にそうになった覚えはない。思えば、一瞬を強く記憶するということが、たまにある。
ひとしきり頭をかきむしると、俺は外へ出た。太陽は高く、刺すような日差しが辺りを焦がしている。油蝉だろうか、まるで永遠に続くのではないかと思うような鳴き声が空気を震わせ、このじりじりとした暑さをよりいっそう強くしている。
俺は適当なサンダルを足に引っ掛け、近くのコンビニへと歩き出した。もう二十回以上過ごしてきた季節の、なんてことのない日常であった。
頰にカサリと何かが触れた。それは、大きな茶色い木の葉だった。辺りにそびえる、どの巨木から落ちてきたのだろうか。緑だった葉は、すっかり色を変えた。俺がゆっくりと歩を進める度に、辺りを埋め尽くす落ち葉のオーケストラが始まる。
日が傾き始め、寒さを感じた俺は腰に巻いていたアウターに袖を通して歩いた。灰色のビル群の中、皆忙しなく歩いている。季節が移りゆく。この間まで汗がとまらない気候だったのが嘘のようだ。そんなことを考えているうちに、大学へと辿り着く。
猫だ。
イチョウ並木の間に小さな三毛猫がいた。どこから現れたのだろう。野良だろうか、自然と足元へ擦り寄ってくる。秋を感じる毛並みで風情があるな、そんなことを思ってみる。その三毛猫は、以前にアパートで遊んだ黒猫と、どことなく似ているようであった。
俺は、ふと彼女を思い出す。アイスコーヒを持っていた彼女、夕暮れのまるまるとした入道雲の下、蝉の鳴き声とともに楽しそうに笑う彼女。数時間しか会っていないというのに、なぜか記憶が甦る。
コーヒーが飲みたいな。そう思った俺は有名コーヒーチェーンへと入った。賑やかな場にいると、不思議と心が落ち着いた。ブレンドを注文してから席に着く。店内は、白を基調とした壁に木組みが足されることで、柔らかな雰囲気を醸し出していた。
「―お待たせ致しました」
コーヒーが運ばれてくる。
聞いたことのあるような声。心臓の鼓動が高鳴る。
そう、俺は期待していた。あの時と同じコーヒー店へ入ったことも、ブレンドコーヒーを頼んだことも全て、彼女を思い出していたからだ。なんて声をかけようか、何を話そうか。季節が一つ変わっただけだが、それでもいろいろなことがあった。変わったのは季節と服装だけではない。
俺は顔を上げた。
だが、彼女はそこにいなかった。
冷たい風とクリスマスソングが頬を撫でる。街がきらきらと輝きを増して、人々だけでなく街全体が浮き足立っているように見えた。
今日辺り、初雪がここらにも降るらしい。
「懐かしいな、子どもの頃は雪が積もるのを楽しみにしてたっけ」
つい独り言を呟いて、街を歩いた。歩く俺の足元には、いつの間にか白猫がいた。それは雪のように真っ白い猫だった。
そういえば、黒猫にも三毛猫にもあれっきり出くわしてない。てっきり懐いてくれてると思っていたから、なんだか寂しいな。
俺は、ひとしきり街をぶらぶら歩いた。もちろん白猫も一緒だ。付き合ってくれたお礼に、コンビニで買ったミルクをあげた。白猫は勢いよく飲み終えると、どこかへ行ってしまった。
「現金なやつだな」
その言葉とは裏腹に、俺の心はこの高く広がる冬空のようにすっきりとしていた。
朝起きた俺は、それを確信した。もちろん、俺の家には居るはずがない。そうではない。
“いない”のだ。この世界から。
流れる汗を手の甲で拭うと、ゆっくりとベッドから降りた。窓から入る風は涼しげなものとは程遠い。グラスに注いだ冷たい水を、一気に喉に流し込む。あぁ、生きている。そう感じることのできる瞬間であった。
―生きている?どういうことだ?
何故そう感じたのかはわからない。死にそうになった覚えはない。思えば、一瞬を強く記憶するということが、たまにある。
ひとしきり頭をかきむしると、俺は外へ出た。太陽は高く、刺すような日差しが辺りを焦がしている。油蝉だろうか、まるで永遠に続くのではないかと思うような鳴き声が空気を震わせ、このじりじりとした暑さをよりいっそう強くしている。
俺は適当なサンダルを足に引っ掛け、近くのコンビニへと歩き出した。もう二十回以上過ごしてきた季節の、なんてことのない日常であった。
頰にカサリと何かが触れた。それは、大きな茶色い木の葉だった。辺りにそびえる、どの巨木から落ちてきたのだろうか。緑だった葉は、すっかり色を変えた。俺がゆっくりと歩を進める度に、辺りを埋め尽くす落ち葉のオーケストラが始まる。
日が傾き始め、寒さを感じた俺は腰に巻いていたアウターに袖を通して歩いた。灰色のビル群の中、皆忙しなく歩いている。季節が移りゆく。この間まで汗がとまらない気候だったのが嘘のようだ。そんなことを考えているうちに、大学へと辿り着く。
猫だ。
イチョウ並木の間に小さな三毛猫がいた。どこから現れたのだろう。野良だろうか、自然と足元へ擦り寄ってくる。秋を感じる毛並みで風情があるな、そんなことを思ってみる。その三毛猫は、以前にアパートで遊んだ黒猫と、どことなく似ているようであった。
俺は、ふと彼女を思い出す。アイスコーヒを持っていた彼女、夕暮れのまるまるとした入道雲の下、蝉の鳴き声とともに楽しそうに笑う彼女。数時間しか会っていないというのに、なぜか記憶が甦る。
コーヒーが飲みたいな。そう思った俺は有名コーヒーチェーンへと入った。賑やかな場にいると、不思議と心が落ち着いた。ブレンドを注文してから席に着く。店内は、白を基調とした壁に木組みが足されることで、柔らかな雰囲気を醸し出していた。
「―お待たせ致しました」
コーヒーが運ばれてくる。
聞いたことのあるような声。心臓の鼓動が高鳴る。
そう、俺は期待していた。あの時と同じコーヒー店へ入ったことも、ブレンドコーヒーを頼んだことも全て、彼女を思い出していたからだ。なんて声をかけようか、何を話そうか。季節が一つ変わっただけだが、それでもいろいろなことがあった。変わったのは季節と服装だけではない。
俺は顔を上げた。
だが、彼女はそこにいなかった。
冷たい風とクリスマスソングが頬を撫でる。街がきらきらと輝きを増して、人々だけでなく街全体が浮き足立っているように見えた。
今日辺り、初雪がここらにも降るらしい。
「懐かしいな、子どもの頃は雪が積もるのを楽しみにしてたっけ」
つい独り言を呟いて、街を歩いた。歩く俺の足元には、いつの間にか白猫がいた。それは雪のように真っ白い猫だった。
そういえば、黒猫にも三毛猫にもあれっきり出くわしてない。てっきり懐いてくれてると思っていたから、なんだか寂しいな。
俺は、ひとしきり街をぶらぶら歩いた。もちろん白猫も一緒だ。付き合ってくれたお礼に、コンビニで買ったミルクをあげた。白猫は勢いよく飲み終えると、どこかへ行ってしまった。
「現金なやつだな」
その言葉とは裏腹に、俺の心はこの高く広がる冬空のようにすっきりとしていた。
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