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13.追憶‐sideアレクシス‐(6)
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ヴィガード公爵家の威厳を保つために、節度ある距離を保つこと。
その他の人間同様、彼女に対しても表情を崩さない、必要なこと以外では口を聞かない、必要以上に接しない。
両親からの言いつけ通り、それらを守るために、彼女に必要以上に近付かないことを徹底した。
彼女の顔を見ると、あの蜂蜜色の瞳を見つめてしまうと、想いが溢れて口元が緩んでしまうから、あまり見ないようにと顔を背けた。
代々受け継がれてきたヴィガード公爵家の威厳を守るために、敵対する家門の令嬢である彼女に、公に親しくするわけにもいかなかった。
そのために、彼女に対する言葉を選ばなくてはいけなくて、気を抜くと何を口走ってしまうかわからなかったので、口数も少なかった。
それでも、ミラはアレクシスに微笑みを向けてくれた。
いつも遠くから見る彼女は、自由気ままで、無邪気で、表情豊かで、感情が表に出る人だから、その微笑みも彼女の意思の表れであると思っていた。
その微笑みの裏に、別の感情を隠しているなんて、考えたこともなかった。
アレクシス程ではなくとも、少なからず好意を向けて微笑んでくれているとばかり思っていた。
けど、それも今考えてみれば、ただの自惚れではなかったか?
自分の振る舞いが、彼女にどんな感情を与えるかなんて全く考えずに、傲慢な態度を取っていたのではないかと疑念が生じた。
静かに微笑んだ後のミラの顔から笑みが消えた瞬間、アレクシスの中に生まれた疑いが確信となって自責の念に駆られると、目の前が真っ暗になる。
『ミラ様のこと、お嫌いでしょう?』
ハエル伯爵令嬢の声が頭の中で鳴り響く。
(違う、嫌ってない! ミラ、僕は……君の事を)
想い人の姿が見えなくなったことで、不安が押し寄せて、このままでは大事な人を失くしてしまいそうな……そんな焦燥感に襲われたから、今日この場所でミラに想いを伝えようとしていた。それなのに――。
「ミラ……!」
もうそこにいない彼女を呼んで、追いかけようとしたところを、手首を掴まれて引っ張られると動きを止められた。
振り向くと、未だにそこにいるハエル伯爵令嬢がアレクシスの手首を両手で掴んでいる。
「行かないで下さい……」
涙を浮かべて上目遣いに見つめてくる姿が気色悪かった。
「蠅の分際で」
「……え?」
冷たく言い放っても、令嬢は掴んだ手を離さなかった。
今すぐ、無理矢理にでもその不愉快な手を振り払ってしまえばいいのだけど、万が一にも怪我を負わせてしまえば、この女はそれを脅し文句にして関係を求めて来るかもしれない。
関りを持たないためには、事を荒立てないように静かに終わらせる必要があった。
どんなに小さな噂だろうと、社交界では大小関係なく醜聞は甘い蜜の味になる。
こんな女のせいで家門の名を汚されたくもないからと、怒りを抑えた。
しかし、この判断が甘かったようで、この女をのさばらせている。
令嬢が現れた時点で立ち去れば良かったと、今更ながらに後悔した。
己の失態に呆れて、大きくため息を吐いて、空いた手で頭を抱えた。
「……僕が、お前を消したくなる前に離せ」
静かに警告すると、令嬢は俯いて、手を震わせているのにまだ離さずにいた。
消す、その意味を分かっているのか、それとも分からない振りをしているのか。
「ハエル伯爵令嬢」
強めの口調で家門の名を口にしてやると、令嬢は躊躇いながらも手を離した。
いつまでも離さないようであれば、令嬢の家門ごと潰してやろうという意味を込めて念を押した。それを理解したようだ。
掴まれた手首に気色悪い感触が残っているけれど、そんなことよりも気掛かりなのはミラのことだった。
アレクシスは、足早に書庫を出たけれど、邪魔が入ったせいで遅れてしまい、ミラの姿はどこにも見当たらなかった。
ミラが白衣を着ていたことを思い出して、薬学部の研究所に行けば会えるかもしれないと足をそちらに向けて歩を進めていたのだけど、途中で立ち止まった。
アレクシスの制服に染みついた、ハエル伯爵令嬢の香りが鼻について、ふと、胸元に視線を落とすと、そこには口紅と化粧の痕が残されていた。
(……あの女)
アレクシスが呆然としていた隙に、気安く抱き付いて、このような小賢しい真似をした令嬢に向けて舌打ちをした。
この姿のままミラの元に行って何を、どう言い訳を並べたとしても全て霞んでしまうだろう。
後悔の念と、己に対する失望と「嫌い」という単語が頭の中を渦巻いて、冷静になれずにいた。
脳裏に焼き付いたミラの微笑みを思い浮かべると、胸が苦しくて、苦痛に顔を歪ませると、誰に見られるでもないのに両手で顔を覆って隠した。
「……ミラ」
零すように呼んだ、その人の名が愛しくて堪らない。
会いたいのに、会えない。伝えたいのに、伝えられない、伝わらない。どうしようもない焦りだけが、アレクシスの心を蝕んでいた。
その他の人間同様、彼女に対しても表情を崩さない、必要なこと以外では口を聞かない、必要以上に接しない。
両親からの言いつけ通り、それらを守るために、彼女に必要以上に近付かないことを徹底した。
彼女の顔を見ると、あの蜂蜜色の瞳を見つめてしまうと、想いが溢れて口元が緩んでしまうから、あまり見ないようにと顔を背けた。
代々受け継がれてきたヴィガード公爵家の威厳を守るために、敵対する家門の令嬢である彼女に、公に親しくするわけにもいかなかった。
そのために、彼女に対する言葉を選ばなくてはいけなくて、気を抜くと何を口走ってしまうかわからなかったので、口数も少なかった。
それでも、ミラはアレクシスに微笑みを向けてくれた。
いつも遠くから見る彼女は、自由気ままで、無邪気で、表情豊かで、感情が表に出る人だから、その微笑みも彼女の意思の表れであると思っていた。
その微笑みの裏に、別の感情を隠しているなんて、考えたこともなかった。
アレクシス程ではなくとも、少なからず好意を向けて微笑んでくれているとばかり思っていた。
けど、それも今考えてみれば、ただの自惚れではなかったか?
自分の振る舞いが、彼女にどんな感情を与えるかなんて全く考えずに、傲慢な態度を取っていたのではないかと疑念が生じた。
静かに微笑んだ後のミラの顔から笑みが消えた瞬間、アレクシスの中に生まれた疑いが確信となって自責の念に駆られると、目の前が真っ暗になる。
『ミラ様のこと、お嫌いでしょう?』
ハエル伯爵令嬢の声が頭の中で鳴り響く。
(違う、嫌ってない! ミラ、僕は……君の事を)
想い人の姿が見えなくなったことで、不安が押し寄せて、このままでは大事な人を失くしてしまいそうな……そんな焦燥感に襲われたから、今日この場所でミラに想いを伝えようとしていた。それなのに――。
「ミラ……!」
もうそこにいない彼女を呼んで、追いかけようとしたところを、手首を掴まれて引っ張られると動きを止められた。
振り向くと、未だにそこにいるハエル伯爵令嬢がアレクシスの手首を両手で掴んでいる。
「行かないで下さい……」
涙を浮かべて上目遣いに見つめてくる姿が気色悪かった。
「蠅の分際で」
「……え?」
冷たく言い放っても、令嬢は掴んだ手を離さなかった。
今すぐ、無理矢理にでもその不愉快な手を振り払ってしまえばいいのだけど、万が一にも怪我を負わせてしまえば、この女はそれを脅し文句にして関係を求めて来るかもしれない。
関りを持たないためには、事を荒立てないように静かに終わらせる必要があった。
どんなに小さな噂だろうと、社交界では大小関係なく醜聞は甘い蜜の味になる。
こんな女のせいで家門の名を汚されたくもないからと、怒りを抑えた。
しかし、この判断が甘かったようで、この女をのさばらせている。
令嬢が現れた時点で立ち去れば良かったと、今更ながらに後悔した。
己の失態に呆れて、大きくため息を吐いて、空いた手で頭を抱えた。
「……僕が、お前を消したくなる前に離せ」
静かに警告すると、令嬢は俯いて、手を震わせているのにまだ離さずにいた。
消す、その意味を分かっているのか、それとも分からない振りをしているのか。
「ハエル伯爵令嬢」
強めの口調で家門の名を口にしてやると、令嬢は躊躇いながらも手を離した。
いつまでも離さないようであれば、令嬢の家門ごと潰してやろうという意味を込めて念を押した。それを理解したようだ。
掴まれた手首に気色悪い感触が残っているけれど、そんなことよりも気掛かりなのはミラのことだった。
アレクシスは、足早に書庫を出たけれど、邪魔が入ったせいで遅れてしまい、ミラの姿はどこにも見当たらなかった。
ミラが白衣を着ていたことを思い出して、薬学部の研究所に行けば会えるかもしれないと足をそちらに向けて歩を進めていたのだけど、途中で立ち止まった。
アレクシスの制服に染みついた、ハエル伯爵令嬢の香りが鼻について、ふと、胸元に視線を落とすと、そこには口紅と化粧の痕が残されていた。
(……あの女)
アレクシスが呆然としていた隙に、気安く抱き付いて、このような小賢しい真似をした令嬢に向けて舌打ちをした。
この姿のままミラの元に行って何を、どう言い訳を並べたとしても全て霞んでしまうだろう。
後悔の念と、己に対する失望と「嫌い」という単語が頭の中を渦巻いて、冷静になれずにいた。
脳裏に焼き付いたミラの微笑みを思い浮かべると、胸が苦しくて、苦痛に顔を歪ませると、誰に見られるでもないのに両手で顔を覆って隠した。
「……ミラ」
零すように呼んだ、その人の名が愛しくて堪らない。
会いたいのに、会えない。伝えたいのに、伝えられない、伝わらない。どうしようもない焦りだけが、アレクシスの心を蝕んでいた。
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