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35.相/愛(アイ)、対する〈11〉
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* * *
顔を赤くしたミラが、口を尖らせて睨みつける姿が可愛いから、もっと見たいと思ってつい、いじめてしまいたくなる。
本当は、そんな可愛らしい彼女を腕の中に閉じ込めて、頭から下に向かって順番に口づけの嵐をお見舞いしたいくらいなのだけど、その衝動をアレクシスは抑えないといけなかった。
いつもの決まった時間ではないときに、アレクシスのもとを訪れた彼女との思いがけないひとときを己の欲望で壊したくなかった。
機嫌を損ねてしまったミラを宥めるために、アレクシスは彼女がここに来た理由を思い出させようと、体に巻かれた包帯を指でトントンと叩いて見せた。
「あ……そ、そうね」
目的を思い出したミラが、気持ちを落ち着かせながら髪を耳の後ろにかき上げる。
その仕草は、照れ隠しのためにする彼女の癖だった。
(……可愛い)
可愛い、愛しい。浮かぶ言葉がそれしかないアレクシスは、彼女にかける言葉を探すために、婚約をしていた頃から恋愛小説を読むようになった。
最初は、共感できない男たちしか登場しない物語に眉をひそめていたけれど、読み進めていると「まあ、気持ちは分からなくもない」と考えるまでになった。
勉強のために始めたそれが、なかなか面白いと思いだすと、今では愛読するようになった。
だけど、学んでいるはずの言葉は、彼女を前にすると全て「可愛い」に変換されてしまう。
もうこれは、病気のようなものだった。だが、仕方がない。現に彼女は可愛いのだから。
そうやって一人で想いに浸っていると、ミラの右手薬指に輝く指輪がアレクシスの目に入って、思いがけない衝撃に襲われたことを思い出す。
いつの間にか、彼女の右手に付けられている指輪に気付いた瞬間、心臓が凍り付いた。
それまでは一度も付けている姿を見たことがないのに、なぜそんなものがミラの指に存在しているのか訳が分からなかった。
そして、ミラが笑みで教えてくれたその指輪の意味に気付くと、目の前が真っ暗になった。
ミラと婚姻を結んだ日を、まだ最近のことのように感じていた。
彼女の手を取って、儀式の間に向かって歩いたことも、二人の手の甲に確かに刻まれた婚姻の印も、ついこないだまであったはずのものだった。
アレクシスにとって、記憶をなくした2年間は存在しないものだった。
だけど、ミラはその2年間を過ごしていた。一人で。アレクシスのいない、この場所で。
アレクシスだけが2年前のあの日に、置き去りにされたままであることを思い知らされた。
あの空白の2年の間に、ミラは別の男と想いを交わして、愛の言葉を誓い合ったのだろうか。
――嫌だ。
彼女が自分ではない誰かの隣に立つことも、向かい合うことも、触れ合うことも、全部が嫌だ。
彼女と再会できたことに、喜んでいる場合ではなかった。言葉を交わすことができなくても、色んな表情を見せてくれる彼女に安心していた。
偶然の出来事だったけど、ミラのもとに辿り着いた。これで、彼女の手を掴まえることができると、思っていた。だけど、それは自分の思い上がりに過ぎなかった。
『……お守り、のようなもので……特別な意味は……ない、の』
必死に弁明をする彼女の言葉が、アレクシスを暗い底から引き上げてくれたけれど、気分は晴れなかった。
ミラは、もうアレクシスの婚約者でもなければ、妻でもない。
ただ、アレクシスが一方的に想いを寄せているだけ。
アレクシスがミラの心を繋ぎ止められなければ、いつかきっと彼女は誰かと婚姻を結ぶのだろう。
アレクシスとの誓いを刻んだ、その右手に他の誰かとの刻印を――。
(僕の……妻だったのに)
かつては、アレクシスの妻という証を刻んだ右手にある指輪が憎かった。
その指輪が、彼女を誰かのものだと示すための証だというなら、それは――。
(……僕の、ものにしたい)
アレクシスは、強く願って、指輪に口づけをした。
彼女と過ごす時間が心地よくて、この時間を大事にしたいと思っていた。
だけど、このままではいけない。今のままでは、満たされないことに気付いてしまった。
(ミラが、僕のもとに来てくれることを待っているだけでは、だめだ)
自分の足で、自分の手で、彼女に近付いていかなければ――。
顔を赤くしたミラが、口を尖らせて睨みつける姿が可愛いから、もっと見たいと思ってつい、いじめてしまいたくなる。
本当は、そんな可愛らしい彼女を腕の中に閉じ込めて、頭から下に向かって順番に口づけの嵐をお見舞いしたいくらいなのだけど、その衝動をアレクシスは抑えないといけなかった。
いつもの決まった時間ではないときに、アレクシスのもとを訪れた彼女との思いがけないひとときを己の欲望で壊したくなかった。
機嫌を損ねてしまったミラを宥めるために、アレクシスは彼女がここに来た理由を思い出させようと、体に巻かれた包帯を指でトントンと叩いて見せた。
「あ……そ、そうね」
目的を思い出したミラが、気持ちを落ち着かせながら髪を耳の後ろにかき上げる。
その仕草は、照れ隠しのためにする彼女の癖だった。
(……可愛い)
可愛い、愛しい。浮かぶ言葉がそれしかないアレクシスは、彼女にかける言葉を探すために、婚約をしていた頃から恋愛小説を読むようになった。
最初は、共感できない男たちしか登場しない物語に眉をひそめていたけれど、読み進めていると「まあ、気持ちは分からなくもない」と考えるまでになった。
勉強のために始めたそれが、なかなか面白いと思いだすと、今では愛読するようになった。
だけど、学んでいるはずの言葉は、彼女を前にすると全て「可愛い」に変換されてしまう。
もうこれは、病気のようなものだった。だが、仕方がない。現に彼女は可愛いのだから。
そうやって一人で想いに浸っていると、ミラの右手薬指に輝く指輪がアレクシスの目に入って、思いがけない衝撃に襲われたことを思い出す。
いつの間にか、彼女の右手に付けられている指輪に気付いた瞬間、心臓が凍り付いた。
それまでは一度も付けている姿を見たことがないのに、なぜそんなものがミラの指に存在しているのか訳が分からなかった。
そして、ミラが笑みで教えてくれたその指輪の意味に気付くと、目の前が真っ暗になった。
ミラと婚姻を結んだ日を、まだ最近のことのように感じていた。
彼女の手を取って、儀式の間に向かって歩いたことも、二人の手の甲に確かに刻まれた婚姻の印も、ついこないだまであったはずのものだった。
アレクシスにとって、記憶をなくした2年間は存在しないものだった。
だけど、ミラはその2年間を過ごしていた。一人で。アレクシスのいない、この場所で。
アレクシスだけが2年前のあの日に、置き去りにされたままであることを思い知らされた。
あの空白の2年の間に、ミラは別の男と想いを交わして、愛の言葉を誓い合ったのだろうか。
――嫌だ。
彼女が自分ではない誰かの隣に立つことも、向かい合うことも、触れ合うことも、全部が嫌だ。
彼女と再会できたことに、喜んでいる場合ではなかった。言葉を交わすことができなくても、色んな表情を見せてくれる彼女に安心していた。
偶然の出来事だったけど、ミラのもとに辿り着いた。これで、彼女の手を掴まえることができると、思っていた。だけど、それは自分の思い上がりに過ぎなかった。
『……お守り、のようなもので……特別な意味は……ない、の』
必死に弁明をする彼女の言葉が、アレクシスを暗い底から引き上げてくれたけれど、気分は晴れなかった。
ミラは、もうアレクシスの婚約者でもなければ、妻でもない。
ただ、アレクシスが一方的に想いを寄せているだけ。
アレクシスがミラの心を繋ぎ止められなければ、いつかきっと彼女は誰かと婚姻を結ぶのだろう。
アレクシスとの誓いを刻んだ、その右手に他の誰かとの刻印を――。
(僕の……妻だったのに)
かつては、アレクシスの妻という証を刻んだ右手にある指輪が憎かった。
その指輪が、彼女を誰かのものだと示すための証だというなら、それは――。
(……僕の、ものにしたい)
アレクシスは、強く願って、指輪に口づけをした。
彼女と過ごす時間が心地よくて、この時間を大事にしたいと思っていた。
だけど、このままではいけない。今のままでは、満たされないことに気付いてしまった。
(ミラが、僕のもとに来てくれることを待っているだけでは、だめだ)
自分の足で、自分の手で、彼女に近付いていかなければ――。
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