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37.相/愛(アイ)、対する〈13〉
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ミラから受けた警告に忠実に従って、アレクシスは無理をしない程度にリハビリに励んだ。
その間も、別荘地の整備や領民に課せる税金の見直しなどでレイリーと論議を交わしたりと忙しく過ごしていると、月日が経つのはあっという間だった。
「あと二週間ぐらいで退院できるって聞いたけど」
弟レイリーの言葉に、アレクシスはうなずいた。
けれど、その表情は曇っていた。
退院……その言葉だけで、寂しくなる。
当たり前のように、毎日会えていたミラに会えなくなる。
やっと近付いたと思った彼女が遠くなるように感じて、焦りさえ覚えていた。
「……声は、もう治らないの?」
“わからない”
不安で心配な表情を見せる弟に、文字で答えるとレイリーは寂しそうに俯いてしまった。
“今は、このままでいい”
「え?……なんで」
医者のテイラーによれば、アレクシスの声が出ない原因は、身体の障害によるものではなくて、精神的なものに起因した障害だという。
記憶のない状態だから、明確な理由は分からないけれど、よほどショックなことがあったのかもしれないと話すテイラーに、アレクシスは記憶のないフリをしている自分を隠して、無表情のままうなずいて答えた。
アレクシスは、声を失ったのは愚かな自分が受けた罰なのだと思っていた。
声が出せるとき、彼女に声を届けることができるときに、そうしなかった。
言葉にすると、余計なことまで言ってしまいそうだと、寡黙な男として側にいるだけだった。
そんな愚か者だったから、彼女の側にいさせてあげる代わりに、声を奪おうと天から下された罰なのだと。
それで彼女から許しが得られるわけではないけれど、アレクシスはこの罰を喜んで受けることにした。
“そのうち、なんとかなるんじゃないか?”
脳天気な弟がいつも言う「なんとかなる」を投げかけると、レイリーは目を細めてアレクシスを睨みつけた。
「……それ、僕のこと皮肉ってるでしょ?」
――よく分かってるじゃないか。
同じく目を細めたアレクシスは、拗ねた弟を鼻で笑って揶揄した。
時間を見つけると、アレクシスは一人で歩行練習のために病室を出て病院内を動き回っていた。
松葉杖を使って、足にかかる体重を調整しながら、階段の上り下りをして筋力をつける。
上るよりも下りるときが大変で、足を滑らせて落ちてしまわないように注意しながら、時間をかけて最後の段差を下りると、疲れから大きなため息を吐いた。
そうやって辿り着いた一階の外にある庭まで歩を進めると、庭に出る手前の壁を挟んだ先から人の話し声が聞こえてきた。
(ミラ?)
一人の声は、ミラのものだった。
その声が聞こえるだけで、心が弾む。アレクシスは彼女に会えると喜んで、足を一歩踏み出そうとした瞬間だった。
「今晩、食事をご一緒にどうですか?」
男の声に、ピタリと動きが止まった。
「……ごめんなさい、今日は、先約があって」
ミラは、右手の指輪の意味を、異性から誘われることが多いからそれを断るのが面倒だと話していた。
アレクシスは、その頻度を知らなかったから、彼女の苦労を分かっていなかった。
自分の足で動き回れるようになると、見なくてもいいことまで見てしまうようになった。
ミラは、アレクシスとは違って、その無邪気な姿を隠さずに周囲に見せていた。
あの可愛らしい姿を見せられたら、誰だって心を奪われてしまう。
そのことを知っているのかいないのか、無防備な彼女に言い寄る男たちを頻繁に見かけた。
その度に、嫉妬で怒りが湧いて、もしかしたらミラが受け入れるのではないかと、不安に駆られた。
しかし、それがほぼ毎日のように見られる光景になると、ミラが指輪をした苦労の心境を理解できた。
そして、競争相手が多いということにアレクシスは気付いた。
婚約をしていた頃は、ヴィガード小公爵の婚約者で、王命で決められた関係だったから、反乱と取られる恐れもあるため、ミラに近寄れる異性がいなかっただけで、あの頃も彼女に想いを寄せる男はいたのかもしれない。
彼女と婚約できたのは、幸運だったのだと、改めて後悔の念に駆られると、婚約者ではない今の自分では、堂々とミラに近寄る男の前に立ちふさがることができないと悔しかった。
「それなら、ミラさんの空いてるときでもいいので……」
相手に合わせる優しい雰囲気を漂わせながら、確実な日にちを言わずに曖昧な誘いをすることで、約束を取り付けようとする卑怯な手口を使う男に、アレクシスは眉をひそめた。
その間も、別荘地の整備や領民に課せる税金の見直しなどでレイリーと論議を交わしたりと忙しく過ごしていると、月日が経つのはあっという間だった。
「あと二週間ぐらいで退院できるって聞いたけど」
弟レイリーの言葉に、アレクシスはうなずいた。
けれど、その表情は曇っていた。
退院……その言葉だけで、寂しくなる。
当たり前のように、毎日会えていたミラに会えなくなる。
やっと近付いたと思った彼女が遠くなるように感じて、焦りさえ覚えていた。
「……声は、もう治らないの?」
“わからない”
不安で心配な表情を見せる弟に、文字で答えるとレイリーは寂しそうに俯いてしまった。
“今は、このままでいい”
「え?……なんで」
医者のテイラーによれば、アレクシスの声が出ない原因は、身体の障害によるものではなくて、精神的なものに起因した障害だという。
記憶のない状態だから、明確な理由は分からないけれど、よほどショックなことがあったのかもしれないと話すテイラーに、アレクシスは記憶のないフリをしている自分を隠して、無表情のままうなずいて答えた。
アレクシスは、声を失ったのは愚かな自分が受けた罰なのだと思っていた。
声が出せるとき、彼女に声を届けることができるときに、そうしなかった。
言葉にすると、余計なことまで言ってしまいそうだと、寡黙な男として側にいるだけだった。
そんな愚か者だったから、彼女の側にいさせてあげる代わりに、声を奪おうと天から下された罰なのだと。
それで彼女から許しが得られるわけではないけれど、アレクシスはこの罰を喜んで受けることにした。
“そのうち、なんとかなるんじゃないか?”
脳天気な弟がいつも言う「なんとかなる」を投げかけると、レイリーは目を細めてアレクシスを睨みつけた。
「……それ、僕のこと皮肉ってるでしょ?」
――よく分かってるじゃないか。
同じく目を細めたアレクシスは、拗ねた弟を鼻で笑って揶揄した。
時間を見つけると、アレクシスは一人で歩行練習のために病室を出て病院内を動き回っていた。
松葉杖を使って、足にかかる体重を調整しながら、階段の上り下りをして筋力をつける。
上るよりも下りるときが大変で、足を滑らせて落ちてしまわないように注意しながら、時間をかけて最後の段差を下りると、疲れから大きなため息を吐いた。
そうやって辿り着いた一階の外にある庭まで歩を進めると、庭に出る手前の壁を挟んだ先から人の話し声が聞こえてきた。
(ミラ?)
一人の声は、ミラのものだった。
その声が聞こえるだけで、心が弾む。アレクシスは彼女に会えると喜んで、足を一歩踏み出そうとした瞬間だった。
「今晩、食事をご一緒にどうですか?」
男の声に、ピタリと動きが止まった。
「……ごめんなさい、今日は、先約があって」
ミラは、右手の指輪の意味を、異性から誘われることが多いからそれを断るのが面倒だと話していた。
アレクシスは、その頻度を知らなかったから、彼女の苦労を分かっていなかった。
自分の足で動き回れるようになると、見なくてもいいことまで見てしまうようになった。
ミラは、アレクシスとは違って、その無邪気な姿を隠さずに周囲に見せていた。
あの可愛らしい姿を見せられたら、誰だって心を奪われてしまう。
そのことを知っているのかいないのか、無防備な彼女に言い寄る男たちを頻繁に見かけた。
その度に、嫉妬で怒りが湧いて、もしかしたらミラが受け入れるのではないかと、不安に駆られた。
しかし、それがほぼ毎日のように見られる光景になると、ミラが指輪をした苦労の心境を理解できた。
そして、競争相手が多いということにアレクシスは気付いた。
婚約をしていた頃は、ヴィガード小公爵の婚約者で、王命で決められた関係だったから、反乱と取られる恐れもあるため、ミラに近寄れる異性がいなかっただけで、あの頃も彼女に想いを寄せる男はいたのかもしれない。
彼女と婚約できたのは、幸運だったのだと、改めて後悔の念に駆られると、婚約者ではない今の自分では、堂々とミラに近寄る男の前に立ちふさがることができないと悔しかった。
「それなら、ミラさんの空いてるときでもいいので……」
相手に合わせる優しい雰囲気を漂わせながら、確実な日にちを言わずに曖昧な誘いをすることで、約束を取り付けようとする卑怯な手口を使う男に、アレクシスは眉をひそめた。
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