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40.相/愛(アイ)、対する〈16〉
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* * *
あのとき、ミラの心を占めている存在を知った衝撃が強すぎて、不甲斐ない姿を彼女に晒してしまった。
情けない自分が恥ずかしくて、彼女に向ける顔がないと落ち込んでいると、薬も必要なくなったからとミラはアレクシスの病室を訪れなくなった。
彼女の心に、自分ではない誰かがいる。
その人のものだからと、愛しい人の口から発せられたその言葉に、アレクシスは自分の想いも拒絶されたように感じた。
どうしたら、その心にいる者を追い出すことができるのか。
どうすれば、彼女の心を射止めることができるのか、いくら考えても答えは出なかった。
だが、結果はどうであれ、アレクシスがミラを諦めることはなかった。
(彼女が来ないなら、僕が会いに行けばいい)
遠くから見つめることを、やめたのだから。
自分の足で彼女のもとへ行って、声に出せなくても行動で示せばいい。何度でも、そうするつもりだった。
ミラがもし、嫌だと言ったらそのときは――。
(……それでも、諦めないだろうな)
退院の今日になっても、自分の前に姿を現さないミラに寂しさを覚えたけれど、これからは自由に会いに行けるからいいかと、アレクシスは一人で笑いをこぼした。
レイリーが用意してくれた馬車が迎えに来ていたけど、帰る前に用事があるからもうしばらく待つようにと文字に書いて伝えると、アレクシスは歩いてミラの店に向かった。
場所は、事前に従兄弟のテイラーから聞いていた。
久しぶりにきちんと身なりを整えた恰好が照れ臭く感じられながら向かうと、病院の近くに構えた店までの距離は短く、着いてドアを開けると、瞳を丸くさせて瞬きをする姿が愛らしいミラが出迎えてくれた。
“君が会いに来てくれないから、会いに来たよ”
「そ……そう」
どうして会いに来てくれなかったのかを問い詰めるつもりはないのだけど、会えなかった一週間は寂しかったことを伝えたかった。
それと、君が避けても、僕が会いに行くから無駄であるということを知ってほしかった。
髪を耳の後ろにかき上げて視線を逸らしたミラに、続けて文字を書いた。
“少し、時間ある?”
問いかけると、時計を確認したミラがうなずいて答えた。
「……外に出ましょう」
外に出てミラに案内された先は、軽食の取れる店で、ミラに注文を任せると運ばれてきた紅茶は、アレクシスの好きな彼女の髪の色と同じ色合いだった。
それを、ミラがカップに注いで、砂糖をティースプーン一杯に満たないくらいの量をすくってからカップに入れて軽く混ぜると、アレクシスの前に置いてくれた。
初めて見るミラの淑やかな行動に見惚れていたかったけど、それよりも、アレクシスは自分が普段紅茶に入れていた砂糖の量を、彼女が知ってくれていることに感動していた。
二人で過ごしたあの頃の、そんな些細なことを覚えていてくれたのだと、胸が震えていた。
あの頃は、円形のテーブルを挟んで、そっぽを向いたまま彼女に寂しい時間を過ごさせてしまったけど、今は前を向いて彼女に向かい合う。
アレクシスは、満悦の表情を隠せなくて、にこやかな姿をミラに見せた。
ミラが気恥ずかしそうにしたまま、カップに口をつけると、それを見てアレクシスも自分のカップを持って紅茶を飲んだ。
“美味しい、ありがとう”
そう伝えると、蜂蜜色の瞳が嬉しそうに揺れたことをアレクシスは見逃さなかった。
病院の中で会う彼女も可愛くて、白衣を着た姿が素敵だと思ったけれど、白衣を脱いで外で会う彼女はまた一段と可愛らしい。
やはり自分は、この人を永遠に諦めることなんてできないと、何度も思い知った事実を改めて胸に刻むと、ミラが口を開いた。
「……これから、どうするの?」
カップを手に持ったまま、指先で撫でる仕草まで可愛いと、ミラを見つめたままその言葉を聞いたアレクシスは、今では自由に動かせる利き手の右手でさらさらとペンを動かすと、彼女に返事を書いた。
“ヴィガード家の別荘地で、しばらく療養することになった”
別荘地の視察もまだ残っているし、ついでに療養することは初めから決まっていたことだった。本来の予定からは、だいぶ遅れてしまったけれど、弟のレイリーが父を上手く宥めてくれているようで問題はなかった。
「そう……」
“また、すぐに会いに来るよ。おみやげ、何がいい?”
考えに耽る隙を与えずに差し出した紙に、ミラは驚いて目を丸くしていた。
(会いに来ないと思われていたのか……)
アレクシスは、自分なりに彼女に好意を見せていたつもりだったけれど、それが伝わっていなかったのかと寂しく思えた。
けどそれも、すぐにかき消される。
「シュシュっていう菓子店の、タルトが美味しいって有名なの……」
恥ずかしそうにしながらも、会いに来ることを拒まない彼女の様子に、嬉しくなった。
その菓子店は、ヴィガード家領地にある店の名前で、小公爵のアレクシスは、もちろんその店を知っていた。
“わかった。楽しみに待ってて”
次の約束を取り付けるための用事だったので、アレクシスは彼女の時間を奪うのはこの辺にして、ミラが注いでくれた紅茶を飲み干すと、席を立ってミラに向けて手を差し伸べた。
その意味を理解したミラは、戸惑いながらもその手を取って、席を立つと小さい声でお礼を言った。
あのとき、ミラの心を占めている存在を知った衝撃が強すぎて、不甲斐ない姿を彼女に晒してしまった。
情けない自分が恥ずかしくて、彼女に向ける顔がないと落ち込んでいると、薬も必要なくなったからとミラはアレクシスの病室を訪れなくなった。
彼女の心に、自分ではない誰かがいる。
その人のものだからと、愛しい人の口から発せられたその言葉に、アレクシスは自分の想いも拒絶されたように感じた。
どうしたら、その心にいる者を追い出すことができるのか。
どうすれば、彼女の心を射止めることができるのか、いくら考えても答えは出なかった。
だが、結果はどうであれ、アレクシスがミラを諦めることはなかった。
(彼女が来ないなら、僕が会いに行けばいい)
遠くから見つめることを、やめたのだから。
自分の足で彼女のもとへ行って、声に出せなくても行動で示せばいい。何度でも、そうするつもりだった。
ミラがもし、嫌だと言ったらそのときは――。
(……それでも、諦めないだろうな)
退院の今日になっても、自分の前に姿を現さないミラに寂しさを覚えたけれど、これからは自由に会いに行けるからいいかと、アレクシスは一人で笑いをこぼした。
レイリーが用意してくれた馬車が迎えに来ていたけど、帰る前に用事があるからもうしばらく待つようにと文字に書いて伝えると、アレクシスは歩いてミラの店に向かった。
場所は、事前に従兄弟のテイラーから聞いていた。
久しぶりにきちんと身なりを整えた恰好が照れ臭く感じられながら向かうと、病院の近くに構えた店までの距離は短く、着いてドアを開けると、瞳を丸くさせて瞬きをする姿が愛らしいミラが出迎えてくれた。
“君が会いに来てくれないから、会いに来たよ”
「そ……そう」
どうして会いに来てくれなかったのかを問い詰めるつもりはないのだけど、会えなかった一週間は寂しかったことを伝えたかった。
それと、君が避けても、僕が会いに行くから無駄であるということを知ってほしかった。
髪を耳の後ろにかき上げて視線を逸らしたミラに、続けて文字を書いた。
“少し、時間ある?”
問いかけると、時計を確認したミラがうなずいて答えた。
「……外に出ましょう」
外に出てミラに案内された先は、軽食の取れる店で、ミラに注文を任せると運ばれてきた紅茶は、アレクシスの好きな彼女の髪の色と同じ色合いだった。
それを、ミラがカップに注いで、砂糖をティースプーン一杯に満たないくらいの量をすくってからカップに入れて軽く混ぜると、アレクシスの前に置いてくれた。
初めて見るミラの淑やかな行動に見惚れていたかったけど、それよりも、アレクシスは自分が普段紅茶に入れていた砂糖の量を、彼女が知ってくれていることに感動していた。
二人で過ごしたあの頃の、そんな些細なことを覚えていてくれたのだと、胸が震えていた。
あの頃は、円形のテーブルを挟んで、そっぽを向いたまま彼女に寂しい時間を過ごさせてしまったけど、今は前を向いて彼女に向かい合う。
アレクシスは、満悦の表情を隠せなくて、にこやかな姿をミラに見せた。
ミラが気恥ずかしそうにしたまま、カップに口をつけると、それを見てアレクシスも自分のカップを持って紅茶を飲んだ。
“美味しい、ありがとう”
そう伝えると、蜂蜜色の瞳が嬉しそうに揺れたことをアレクシスは見逃さなかった。
病院の中で会う彼女も可愛くて、白衣を着た姿が素敵だと思ったけれど、白衣を脱いで外で会う彼女はまた一段と可愛らしい。
やはり自分は、この人を永遠に諦めることなんてできないと、何度も思い知った事実を改めて胸に刻むと、ミラが口を開いた。
「……これから、どうするの?」
カップを手に持ったまま、指先で撫でる仕草まで可愛いと、ミラを見つめたままその言葉を聞いたアレクシスは、今では自由に動かせる利き手の右手でさらさらとペンを動かすと、彼女に返事を書いた。
“ヴィガード家の別荘地で、しばらく療養することになった”
別荘地の視察もまだ残っているし、ついでに療養することは初めから決まっていたことだった。本来の予定からは、だいぶ遅れてしまったけれど、弟のレイリーが父を上手く宥めてくれているようで問題はなかった。
「そう……」
“また、すぐに会いに来るよ。おみやげ、何がいい?”
考えに耽る隙を与えずに差し出した紙に、ミラは驚いて目を丸くしていた。
(会いに来ないと思われていたのか……)
アレクシスは、自分なりに彼女に好意を見せていたつもりだったけれど、それが伝わっていなかったのかと寂しく思えた。
けどそれも、すぐにかき消される。
「シュシュっていう菓子店の、タルトが美味しいって有名なの……」
恥ずかしそうにしながらも、会いに来ることを拒まない彼女の様子に、嬉しくなった。
その菓子店は、ヴィガード家領地にある店の名前で、小公爵のアレクシスは、もちろんその店を知っていた。
“わかった。楽しみに待ってて”
次の約束を取り付けるための用事だったので、アレクシスは彼女の時間を奪うのはこの辺にして、ミラが注いでくれた紅茶を飲み干すと、席を立ってミラに向けて手を差し伸べた。
その意味を理解したミラは、戸惑いながらもその手を取って、席を立つと小さい声でお礼を言った。
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