王都から追放されて、貴族学院の落ちこぼれ美少女たちを教育することになりました。

スタジオ.T

文字の大きさ
19 / 56

19時限目 表と裏(4)

しおりを挟む

 マキネスが逃亡して二時間が経っていた。
 昼過ぎに馬に乗って帰ってきたダンテは、困り果てた顔でマキネスの名前を叫ぶフジバナたちを見つけた。

「隊長……!」

 フジバナは珍しく慌てたような表情で、ダンテに駆け寄ってきた。

「どうした?」

「どうしましょう……マキネスがいなくなってしまいました……」

「いなくなった?」

「逃げちゃったんだよう! 森の奥に!」

 森の中から草まみれのリリアとシオンとミミが出てきた。息を切らして、彼女たちは校舎の裏の森を指差した。

「あっちに走っていって、出てこないの!」

「あー……そういうことか……」

「どうしよう。雨も降ってきそうだし。マキネス迷子になってたりしないかな」

 旧校舎近くの森は深い。険しい山に繋がっているので、方角を見失うと遭難して戻ってこられないこともある。腹を空かせた魔獣が目撃されたこともあり、子どもが一人で入るのは危険だった。

 フジバナは顔面蒼白がんめんそうはくで頭を抱えた。

「……わ、私の責任です……」

「いや、向こうから逃げたんならしょうがないだろ。それにしても、あいつ……」

 ダンテは地面に落ちた触手の残骸を見てフフッと笑った。

「お前をまくとはやるじゃないか。してやられたな」

「う……不甲斐ないです」

「いや、良い兆候だ。さて探しに行くか。俺とフジバナが奥の方を探すから、リリアたちはこの辺りで探してなさそうなところを見てくれ。浅いところだぞ。遭難されたら敵わんからな」

「……りょーかい!」

「そう気に病むな。マキネスは必ず見つかる」

 落ち込むフジバナの肩をぽんと叩いて、ダンテは森の奥へと駆けて行った。雨が本降りになり、視界も悪くなっていた。奥に行けば行くほど、道は入り組み、狭まり、ダンテですら迷いそうになっていた。

(たぶん、こっちだな)

 手がかりもない状況の中、ダンテはランプを照らしながら森の深くへと進んで行った。より暗い方、湿り気のある方向へと迷わずに歩いていった。途中で小さな足跡を見つけた。まだできて間もない足跡だった。それをたどり、大きな木が生えている方向へ進んだ。

「マキネス、見つけたぞ」

 失踪しっそうから4時間。マキネスはびしょ濡れで泣きはらした顔で座り込んでいた。

「どうして……せんせいが……ここが分かったんですか?」

「勘だよ。さぁ、帰るぞ」

「でも、わたし……」

「みんな心配している」

 ダンテの言葉にうつむいたマキネスは複雑な表情でうなだれている。ダンテが手を貸して、立ち上がらせると彼女の左足からポタリと血が垂れていた。

「……いたっ」

「どこかですりむいたか……。ちょっと身体貸せ」

「あっ……」

 怪我をした彼女を軽々と背負った。レインコートを着せて雨をしのぎながら、彼は元来た道を歩き始めた。

 マキネスはダンテの背中を感じながら、浮かない顔をしていた。ぎゅっと背中から手を回した彼女は、ポツリと独り言のようにさっきと同じ質問をした。

「先生……どうして、私があそこにいるって分かったんですか……こんなに広い森なのに。もう誰にも見つからないって思ってたのに」

「あー……本当にただの勘だよ」

「そう、ですか」

「……ここだけの話だけどな」

 マキネスを背負いながら、ダンテは言った。足元は大木の根が露出していて、降り続く雨でぐっしょりと濡れていた。

「俺も逃げ出したことがあるんだよ、昔」

「先生が……ですか」

「本当に昔だぞ。王都に来て間もない頃だ。田舎から出てきた世間知らずだったから、魔導も使えないし、剣術もやったことはなかった。兵団の訓練についていけなくてな。周りからも差をつけられて嫌になってた。手近な森があったから、そこに脱走したんだ」

 すっかり日が落ちて、森の中は完全な闇に染まっていた。頼りになるのはランプだけで、ダンテは道無き道を歩き続けていた。

「ちょうどこんな道だった。誰もいなくて、誰にも見つからないような場所だ。お前もそんなところに逃げ出したんじゃないかと思ったよ」

「……先生は……」

「ん?」

「どうして、その時逃げ続けなかったんですか」

 その質問にダンテはうーんと首をかしげて、考えた後で言った。

「本当は逃げたかったんだ。でも逃げられなかった。腹が減って耐えきれなくて、兵舎に帰ったんだよ」

「……なんですか、それ」

「空腹と孤独は人を弱らせるんだ。お前だってそうだろ。リリアに先を越されて、焦るのは分かるが自暴自棄じぼうじきになるのはまだ早い」

「……気が付いてたんですか」

「当然。お前もまだまだ子どもだな」

「……う」

 急に恥ずかしさが湧いて、マキネスは後ろから手を伸ばして、ダンテの首をしめた。

「……く、苦しい、殺す気か!」

「……先生は意地悪です……」

「知らん! でも、嘘は言ってないだろ!」

(嘘は言っていない)

 マキネスの心にフッと湧くものがあった。

 ダンテからはほとんど嘘の匂いがしない。最初に来た時も、今も、彼もまた自分のことを『サイレウス』ではなく『マキネス』として見てくれている。

 そんな大人は彼女にとって初めてだった。

 世界はいつだって裏側で、私に本当の姿を見せてくれないのに。誰も私の本当を見てくれないのに。

 それが私がずっと欲しかったものなのに。落ちこぼれた自分を受け入れてくれる優しい場所。雨で濡れた背中が彼女にとって、今まで触れたどんなものよりも温かく思えた。

「先生って……変ですね」

「お前に言われたかねぇよ」

「ふふ」

 笑ったのが随分と久しぶりな気がする。思わず漏れ出た笑い声は、彼女の頭をふわりと温かくさせた。

 そんなマキネスを見て、ダンテもまたおかしそうに笑った。

「さぁ、帰るぞ。と言ってもここがどこだか分からんがな」

「……先生、それは笑えません」

「まじで迷った。そして魔獣だ」

 耳をすますと、グルルルと獣の唸り声が気がついていた。目をこらすと、闇の中にギラリと輝く巨大な怪物の目がある。

 全身から針のように鋭い体毛を露出させている。豚のような鼻の上についた一つ目がダンテたちを捉えていた。

「……先生……」

 マキネスがダンテの背中をぎゅっと掴んだ。魔獣は完全にダンテたちを獲物として見ていた。今にも襲いかかろうと、全身の毛を逆立てている。

「マキネス」

「……はい……」

窮地きゅうちを脱する良い方法がある。任せても良いか?」

「私が……ですか?」

 困惑するマキネスにダンテがこそっと作戦を耳打ちした。ダンテの考えを聞いた彼女は思わず「正気ですか」と問いかけた。

「……ふざけている場合じゃないんですよ」

「ふざけていない。まず自分を信じてみろ。さぁ、迷っている暇はないぞ」

 魔獣は脚を踏み出していた。ぶもおおおお、と興奮したような声を出して、2人に襲いかかってくる。

「……っ」

 裏と表。

 本当と嘘。

 マキネスにとって世界はあべこべだった。裏返しの気持ち、裏返しの態度。全ては自分が間違って生まれてきたのが原因だと思っていた。

 全部、自分が悪いんだ。そう考えるのが当然だった。

(でも、今は、なんだかどうでも良いや……!)

 高鳴る胸の鼓動と共に、ダンテの背中越しに彼女は手を伸ばし、その呪文を口にした。

「……守護對天ガーディアンっ!」

 守護魔導ではなく、魔獣の目前に巨大な触手が出現する。敵の行方をはばむように出現した触手は、敵の身体を掴みぽーんと遥か彼方まで吹き飛ばした。

「おぉ……」

 ダンテは思わず感嘆の声を漏らした。
 むくむくと成長していく触手は、あっという間に高い巨木を抜いて、天高くまでふくらんでいった。きっと森のどこからでも、この触手は見えるだろう。

「よし、これで後はフジバナがなんとかしてくれる」

「……先生……」

「なんだ」

「やっぱり好きです」

 マキネスの言葉にダンテは苦笑した。「あと十年経ったら相手してやるよ」と雨雲に向かってつぶやいた。

「……先生、それは嘘ですね」

「……五年」

「それも……嘘です」

「さすがに本当だ。これ以上は勘弁してくれ」

 ダンテの言葉にマキネスは嬉しそうに笑って、ぎゅうっと抱きしめた。無軌道に暴れる触手を見ながら待っていると、騒ぎに気がついたフジバナたちが駆け寄ってきた。リリアとシオンとミミも一緒だった。

 走ってくる彼女たちの姿を見た瞬間、マキネスの内側でパチパチと火花のように言葉が弾け飛んだ。

(無事で良かった!)

 彼女はその言葉を聞きながら、ダンテの背中で安心したように眠りに落ちた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

~最弱のスキルコレクター~ スキルを無限に獲得できるようになった元落ちこぼれは、レベル1のまま世界最強まで成り上がる

僧侶A
ファンタジー
沢山のスキルさえあれば、レベルが無くても最強になれる。 スキルは5つしか獲得できないのに、どのスキルも補正値は5%以下。 だからレベルを上げる以外に強くなる方法はない。 それなのにレベルが1から上がらない如月飛鳥は当然のように落ちこぼれた。 色々と試行錯誤をしたものの、強くなれる見込みがないため、探索者になるという目標を諦め一般人として生きる道を歩んでいた。 しかしある日、5つしか獲得できないはずのスキルをいくらでも獲得できることに気づく。 ここで如月飛鳥は考えた。いくらスキルの一つ一つが大したことが無くても、100個、200個と大量に集めたのならレベルを上げるのと同様に強くなれるのではないかと。 一つの光明を見出した主人公は、最強への道を一直線に突き進む。 土曜日以外は毎日投稿してます。

防御力を下げる魔法しか使えなかった俺は勇者パーティから追放されたけど俺の魔法に強制脱衣の追加効果が発現したので世界中で畏怖の対象になりました

かにくくり
ファンタジー
 魔法使いクサナギは国王の命により勇者パーティの一員として魔獣討伐の任務を続けていた。  しかし相手の防御力を下げる魔法しか使う事ができないクサナギは仲間達からお荷物扱いをされてパーティから追放されてしまう。  しかし勇者達は今までクサナギの魔法で魔物の防御力が下がっていたおかげで楽に戦えていたという事実に全く気付いていなかった。  勇者パーティが没落していく中、クサナギは追放された地で彼の本当の力を知る新たな仲間を加えて一大勢力を築いていく。  そして防御力を下げるだけだったクサナギの魔法はいつしか次のステップに進化していた。  相手の身に着けている物を強制的に剥ぎ取るという究極の魔法を習得したクサナギの前に立ち向かえる者は誰ひとりいなかった。 ※小説家になろうにも掲載しています。

職業・遊び人となったら追放されたけれど、追放先で覚醒し無双しちゃいました!

よっしぃ
ファンタジー
この物語は、通常1つの職業を選定する所を、一つ目で遊び人を選定してしまい何とか別の職業を、と思い3つとも遊び人を選定してしまったデルクが、成長して無双する話。 10歳を過ぎると皆教会へ赴き、自身の職業を選定してもらうが、デルク・コーネインはここでまさかの遊び人になってしまう。最高3つの職業を選べるが、その分成長速度が遅くなるも、2つ目を選定。 ここでも前代未聞の遊び人。止められるも3度目の正直で挑むも結果は遊び人。 同年代の連中は皆良い職業を選定してもらい、どんどん成長していく。 皆に馬鹿にされ、蔑まれ、馬鹿にされ、それでも何とかレベル上げを行うデルク。 こんな中2年ほど経って、12歳になった頃、1歳年下の11歳の1人の少女セシル・ヴァウテルスと出会う。凄い職業を得たが、成長が遅すぎると見捨てられた彼女。そんな2人がダンジョンで出会い、脱出不可能といわれているダンジョン下層からの脱出を、2人で成長していく事で不可能を可能にしていく。 そんな中2人を馬鹿にし、死地に追い込んだ同年代の連中や年上の冒険者は、中層への攻略を急ぐあまり、成長速度の遅い上位職を得たデルクの幼馴染の2人をダンジョンの大穴に突き落とし排除してしまう。 しかし奇跡的にもデルクはこの2人の命を救う事ができ、セシルを含めた4人で辛うじてダンジョンを脱出。 その後自分達をこんな所に追い込んだ連中と対峙する事になるが、ダンジョン下層で成長した4人にかなう冒険者はおらず、自らの愚かな行為に自滅してしまう。 そして、成長した遊び人の職業、実は成長すればどんな職業へもジョブチェンジできる最高の職業でした! 更に未だかつて同じ職業を3つ引いた人物がいなかったために、その結果がどうなるかわかっていなかった事もあり、その結果がとんでもない事になる。 これはのちに伝説となる4人を中心とする成長物語。 ダンジョン脱出までは辛抱の連続ですが、その後はざまぁな展開が待っています。

【本編45話にて完結】『追放された荷物持ちの俺を「必要だ」と言ってくれたのは、落ちこぼれヒーラーの彼女だけだった。』

ブヒ太郎
ファンタジー
「お前はもう用済みだ」――荷物持ちとして命懸けで尽くしてきた高ランクパーティから、ゼロスは無能の烙印を押され、なんの手切れ金もなく追放された。彼のスキルは【筋力強化(微)】。誰もが最弱と嘲笑う、あまりにも地味な能力。仲間たちは彼の本当の価値に気づくことなく、その存在をゴミのように切り捨てた。 全てを失い、絶望の淵をさまよう彼に手を差し伸べたのは、一人の不遇なヒーラー、アリシアだった。彼女もまた、治癒の力が弱いと誰からも相手にされず、教会からも冒険者仲間からも居場所を奪われ、孤独に耐えてきた。だからこそ、彼女だけはゼロスの瞳の奥に宿る、静かで、しかし折れない闘志の光を見抜いていたのだ。 「私と、パーティを組んでくれませんか?」 これは、社会の評価軸から外れた二人が出会い、互いの傷を癒しながらどん底から這い上がり、やがて世界を驚かせる伝説となるまでの物語。見捨てられた最強の荷物持ちによる、静かで、しかし痛快な逆襲劇が今、幕を開ける!

(完結)魔王討伐後にパーティー追放されたFランク魔法剣士は、超レア能力【全スキル】を覚えてゲスすぎる勇者達をザマアしつつ世界を救います

しまうま弁当
ファンタジー
魔王討伐直後にクリードは勇者ライオスからパーティーから出て行けといわれるのだった。クリードはパーティー内ではつねにFランクと呼ばれ戦闘にも参加させてもらえず場美雑言は当たり前でクリードはもう勇者パーティーから出て行きたいと常々考えていたので、いい機会だと思って出て行く事にした。だがラストダンジョンから脱出に必要なリアーの羽はライオス達は分けてくれなかったので、仕方なく一階層づつ上っていく事を決めたのだった。だがなぜか後ろから勇者パーティー内で唯一のヒロインであるミリーが追いかけてきて一緒に脱出しようと言ってくれたのだった。切羽詰まっていると感じたクリードはミリーと一緒に脱出を図ろうとするが、後ろから追いかけてきたメンバーに石にされてしまったのだった。

美人四天王の妹とシテいるけど、僕は学校を卒業するまでモブに徹する、はずだった

ぐうのすけ
恋愛
【カクヨムでラブコメ週間2位】ありがとうございます! 僕【山田集】は高校3年生のモブとして何事もなく高校を卒業するはずだった。でも、義理の妹である【山田芽以】とシテいる現場をお母さんに目撃され、家族会議が開かれた。家族会議の結果隠蔽し、何事も無く高校を卒業する事が決まる。ある時学校の美人四天王の一角である【夏空日葵】に僕と芽以がベッドでシテいる所を目撃されたところからドタバタが始まる。僕の完璧なモブメッキは剥がれ、ヒマリに観察され、他の美人四天王にもメッキを剥され、何かを嗅ぎつけられていく。僕は、平穏無事に学校を卒業できるのだろうか? 『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』

世界最強の賢者、勇者パーティーを追放される~いまさら帰ってこいと言われてももう遅い俺は拾ってくれた最強のお姫様と幸せに過ごす~

aoi
ファンタジー
「なぁ、マギそろそろこのパーティーを抜けてくれないか?」 勇者パーティーに勤めて数年、いきなりパーティーを戦闘ができずに女に守られてばかりだからと追放された賢者マギ。王都で新しい仕事を探すにも勇者パーティーが邪魔をして見つからない。そんな時、とある国のお姫様がマギに声をかけてきて......? お姫様の為に全力を尽くす賢者マギが無双する!?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...