王都から追放されて、貴族学院の落ちこぼれ美少女たちを教育することになりました。

スタジオ.T

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35時限目 監禁(1)

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 翌朝、薄暗い地下室で目を覚ましたシオンは、自分が置かれた状況が理解できなかった。四方を石のレンガで囲まれた部屋には窓ひとつなく、唯一外へとつながる扉には鍵がかかっていてビクともしない。

 隣の布団ではダンテがすやすやと眠りについていて、手には仰々しい手錠が付いている。

「えーっと……」

 昨晩のおぼろげな記憶を思い返す。
 独自で集めた情報を頼りに、旧市街へとたどり着いた。路地裏のチンピラの会話を盗み聞きし、ロス・エスコバルのアジトである酒場をつかむことに成功。裏口から侵入して、イムドレッドを探していた。しかし背後から忍び寄ってきた何者かに変な匂いの香水をかがされたところで、記憶が途切れている。

 そこまで思い出してようやく、シオンはこの状況を理解した。

「……捕まった」

 ここはロス・エスコバルのアジトで、自分たちが監禁されていることに気がついたシオンは、ダンテの上に飛び乗った。

「先生! 先生、起きてください!」

 呑気にいびきをかいているダンテを揺り動かす。ピクッと身体を動かしたダンテは、だるそうに目を開けた。

「なんだ、シオン。朝か」

「先生、大変です。僕たち捕まってしまいました!」

「知っている。あー良く寝た」

「……あれ? なんで先生がここにいるんですか?」

「いろいろあったんだ。腹減っただろ。横にある缶詰なら食べていいそうだぞ」

「お腹……」

 訴えかけるようにグゥと鳴ったお腹を見下ろす。そういえば、昨日の晩から何も口にしていなかった。

きました」

「あそこにあるんだ。手錠をかけられているから、缶詰が開けられない。悪いが、代わりに頼む」

 ダンテは自分を拘束をしている手錠をシオンに見せた。魔導を封じる手錠にはしっかりと鍵がかかっている。

 シオンは缶詰をナイフを使って器用に開けた。中に入っていたのは、イワシの酢漬けでツンと鼻にくる酸味の香りがした。シオンは置いてあったフォークをダンテに渡した。

「はい、先生どうぞ」

「フォークも持てない」

「そしたら、はい、あーん」

「……悪いな」

 シオンからイワシを口に入れてもらい、もぐもぐと頬張った。ごくんと飲みこむと「校舎のやつよりうまいぞ」と満足そうに言った。

「腹減ってるだろ。ほら自分のも食え」

「いただきます」

 甘酸っぱい味は口いっぱいに広がった。とても美味しいわけではないが、腹と舌を満足させるには十分だった。飢えが満たされたお陰か、昨晩のシオンの記憶も徐々に蘇ってきた。

「思い出しました……そういえば僕、イムに会って……」

「昏睡させられていたな。まぁ、命があっただけ何よりだ」

「イムは大丈夫なんですか。無事なんですか」

「無事だ。イムドレッドのやつ、ずいぶんと敵のことを甘く見ていた。ま、良い薬だろ」

 一つ目の缶詰をむしゃむしゃと平らげて、ダンテは俯くシオンに言った。

「さて、昨日聞いたことは覚えているか。あいつらが何の計画をしているか聞かせて欲しい」

「あ……そうなんです……! あいつらイムの毒を使って、他の組織に襲撃をかけようとしていて……」

 興奮して話し始めようとしたシオンに、シッと指を立てて、格子こうし状のドアの先にいる見張りの男に視線を送った。彼に会話を悟られないように、ダンテは小さな声で言った。

「時刻と場所は聞いたか?」

「詳しいことは分かりませんが、彼らの会合を襲撃するらしいです。麻薬組織のボスが集まる大きな会議だそうです」

「そりゃあ……大変なことになるな」

 旧市街を統括する二つの組織、ハイネ・シンジゲートとアルトゥーロ・セタス。この十年間、市街の実験を握ってきた彼らは互いの縄張りを尊重し、牽制けんせいすること秩序を保ってきた。

 彼らを襲撃すれば、この街は再び混乱に陥る。その騒ぎに応じて、エスコバルが実権を握ろうという算段だろうが、多くの死者が出ることは間違いない。

 ダンテは火の海に包まれる旧市街を想像して、頭を抱えた。

「お前もとんでもないことを聞いてしまったもんだ」

「えぇと……僕らはどうなるんでしょうか」

「一週間はここに監禁だそうだ」

「一週間ここに?」

 シオンはあまりの驚きで、サッと青ざめた。

「それじゃイムドレッドを止められない」

「そうだ、さらに対抗戦も間に合わない」

「……あぁ」

 手で顔を覆ったシオンは、絶望したようにうなだれた。眼から大粒の涙を流した。溢れ出た涙は胸元のフリルにぽたぽたと垂れていた。膝をついて泣き始めた彼を、ダンテは優しくなだめた。

「ごめんなさい。僕のせいで」

「問題ない。この程度のトラブルなら幾らでも挽回ばんかい可能だ」

「……もしかして、脱獄するんですか」

「それは止めた方が良い。今、俺たちが逃げたら矛先はアカデミアに向くことになる。手段を選ばずどこまでも追ってくる、そういう連中だからな」

「じゃあ、どうすれば……」

 ダンテは深いため息をついた後、「そうだなぁ」と言って天井を見上げた。隔離されている部屋はトイレやベッド、食料など人通りのものは揃っていたが、外への伝達手段は当然なかった。

「学校のことなら、フジバナがどうにかしてくれる。伝言はして置いたから。あれはおっちょこちょいなところはあるけど、できるやつだ。となると俺たちがやるべきはあれだな。ペンと紙とかないか」

「ペンは持ってますけど。紙はお尻くやつしか……」

「それで良い、貸してくれ」

 床に紙を広げて、ダンテは手錠をかけられたまま器用に図のようなものを書き始めた。横から覗き込んだシオンは見たことがない図に、きょとんと首をかしげた。

「なんですか、これ?」

「対抗戦に向けてのフォーメションだ。時間もあるし、お前ら用の作戦を組み立てる」

「フォーメション……」

「もう一週間もないからな」

「対抗戦までにここを出られるんですか?」

「分からん。でもやれることはやっておかないと。シオンにも一応、これ持ってきといたぞ」

 ダンテはそう言うと、ベッドの下を指差した。中を覗き込むと、そこには魔導学や軍事学の分厚い教科書などが、収められていた。ダンテはにやりと笑いながら言った。

「パブロフに交渉して、持ち込ませてもらった。一秒も時間は無駄にできないからな。ここを出るまでにきちんと勉強をしておけ」

「……こんなことしてる場合なんでしょうか」

「学生は勉強が本分だ」

 そう言って、ダンテはお尻を拭く紙の上でペンを走らせた。疑問は残っていたが、他にすることもない。シオンは仕方なく魔導学のページをめくった。
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