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36時限目 フジバナ先生のお留守番(1)
しおりを挟む宿直室で寝ずの番をしていたフジバナは、結局朝になるまで帰ってこなかったダンテを思ってがっくりと肩を落とした。
「隊長……まったくもう……」
出て行く前に帰ってこないかもしれないとは言っていたが、本当に姿を見せないとは。無鉄砲で無軌道なところは、部隊時代と変わらずだった。
「自己犠牲が過ぎますよ。本当に……」
それとお人好しなところも変わらずだった。あの時も自分を救うという選択をしなければ、バーンズ卿の嫌がらせにも合うことはなかったのに。それができないのが、ダンテという人の根本的な性格なのだと理解していた。今もひょっとしたら、監禁くらいのことはされているのかもしれないと、フジバナは推測していた。
助けに行きたい気持ちはあったが、こちらはこちらでやるべきことがあった。フジバナは昨日ダンテが作った分析結果とにらめっこしながら、いつもの教室へと歩いて行った。
(ここから私がやるべきことは、彼女たち三人の再訓練……。隊長の分析を見るにやろうとしていたことは大体は理解できる……)
果たして自分に務まるのだろうかという不安はあった。でも、やらなければいけない。彼女たちの今後は私の行動にかかっている。手を抜くことはできない。
フジバナは教室の扉を開けた。
「フジバナ先生、おはよー。あれダンテ先生は?」
「隊長は都合があって、しばらくお休みします」
「……シオンもいない……」
「なんか怪しい予感がするニャ」
ぴくぴくとヒゲを動かして、ミミが怪しんだ。おほんと咳払いして教壇の上に立つと、フジバナは三人を見回して言った。
「みなさんが気にする必要はありません。二人は対抗戦までには必ず帰ってきます。今は目の前の現実に集中しましょう。次はいよいよ本番です。おそらく他の生徒たちは一斉に猛攻をしかけてきます。またタコ殴りは嫌ですよね?」
フジバナの言葉に、三人は迷わず頷いた。
「よろしい。では外に出ましょう。私たちがいるべき場所は教室ではありません。校庭です、レッツゴーです」
そう言って彼女は校庭を指差すと、ずんずんと教室の外に向かって行った。
「なんか今日のフジバナ先生、気合い入っているね」
「……ようしがんばろう……」
三人がバルーンを装着して校庭に出ると、フジバナがダンテが呼び出した小妖精に何か話しかけていた。エレナたちはフジバナの周りを飛び交いながら上機嫌そうに笑っていた。
「何しているニャ?」
「新しい訓練プランを伝えていました。エレナ、お願いできますか?」
「キキキ!」
こくりとうなずいて、蜂のように飛び回ったエレナはぷるぷると小刻みに震え始めた。震えが最高潮に達した時、ポポポンと音が鳴ってエレナは無数の個体に分裂した。
「「「キキキ!!」」」
「……増えた……」
「訓練レベルを上げました。今後は多対一での対戦を想定します。一人に対して、だいたい十匹がバルーンを狙ってくると想定してください」
そう言って、フジバナは三人に頭に付けるバルーンを投げた。
「一匹でも大変だったのに、もっと増やすの?」
「できる気がしないニャ……」
「対抗戦まであと七日。具体的な作戦は隊長が考えてくれる手はずになっています。……ですので私たちがやるべきは当日を見込んだ訓練です。エレナたちを他の生徒たちだと思ってやってください」
「そんなんすぐやられちゃうよう」
「大丈夫です、バルーンは数秒とかからずに復活しますので、何度でも再挑戦が可能です」
えっへんと腰に手を当ててフジバナに、リリアが絶望した顔で手を挙げた。
「ノンストップでやれってこと?」
リリアの言葉にフジバナは「もちろん」と頷いた。
「この七日間ご飯と就寝の時間はこれに割きます。他の授業はしばらく休講です」
「鳥肌が立ってきたニャ。猫ニャけど」
「……ミミそれ面白い……」
「ダンテ先生よりスパルタだ」
「さて、やりますか? それともやめますか?」
フジバナは三人に問いかけた。さぁっと冷たい風が校庭に吹いて、彼女の前髪をなびかせた。フジバナの試すような視線がジッと三人に向けられていた。
その視線にリリアはためらわずに頷いた。
「当然やるよ。負けっぱなしは嫌だもんね」
続けて頷いた他の二人を見て、フジバナは嬉しそうに笑った。「ではお願いします」とエレナに囁くと、飛び交う妖精たちは嬉々として一斉に頭の上のバルーンに襲いかかった。
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