王都から追放されて、貴族学院の落ちこぼれ美少女たちを教育することになりました。

スタジオ.T

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53時限目 憧れ(2)

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 目の前に立ったエーリヒにダンテが問いかけた。

「どうしてここに……?」

「いや、あの子らに呼ばれてな」

 エーリヒは、ダンテの方へと向かってくるシオンとイムドレッドに視線を送った。シオンはダンテの姿を見ると、嬉しそうに叫んだ。

「ダンテ先生!」

「……シオン、イムドレッド……お前ら、怪我してるじゃないか」

「大丈夫です。ちょっと撃たれただけです」 

 シオンは包帯を巻いた肩を見せた。イムドレッドの脇腹の傷も、痛み止めが効いて歩けるくらいにはなっていた。ダンテは安心したように息を吐いた。

「……無事で良かった」

「間一髪のところをエーリヒ先生が来て……」

「いやはや、驚いた。私が到着した時には大人三人を昏倒こんとうさせていたぞ」

 シオンの肩を叩いて、エーリヒは豪快にガハハと笑った。

「我が校の生徒も捨てたものではないなぁ」 

「そうだったのか……。申し訳ない、危ないところを」

「なになに。モニターで覗いた時の二人の様子が、どうもおかしかった。模造人形ではないかと思いましてな。フジバナ女史に確認したところ、旧市街にいると言われたものだから、すっ飛んできたというわけよ」

 驚いたな、とエーリヒは言った。

 観戦席で対抗戦を見ていた彼は、フジバナが作り出した模造人形コピーキャットに気がついていた。素人目では分からない挙動の不自然さ。他の教師陣には言わないことと引き換えに、エーリヒは対抗戦を抜け出してきていた。

「おそらく河岸倉庫にいるのではないかと。来てみれば、案の定。いやぁ、間に合って良かった」

 自分のハゲ頭をかきながら、エーリヒは攻撃の手を止めているアルトゥーロに視線を送った。その眼差しを受けながら、老人は厄介この上ないと言った様子で顔をしかめた。

「不倒のエーリヒか。一騎当千の英雄が、この辺境に何の御用ですかな?」

「用というほどでもない。御仁、この場を収めてはいただけますか」

「ほう、我らに引けというのか」

 今までになく殺気をむき出しにしたアルトゥーロに、エーリヒは全く動じることなく言葉を返した。

「そういうことだな。イムドレッド・ブラッドはアカデミアに所属している。我々が彼を連れて帰る。それで納得してもらいたい」

「……いかに国の英雄と言えども、旧市街のやり方に首を突っ込むのはいただけない。ブラッドは正式な取引材料となっている。彼の身柄は我々がいただく」

「いやいや問題ない。旧市街のやり方は分かっている」

 エーリヒの身体が動いた。
 滑らかに泰然たいぜんと。鍛え上げられた筋肉は、一つの生き物のように動き脈動していた。彼が闘気をむき出しにして、恐怖を感じないものはいなかった。

 手練れのアルトゥーロのメンバーですら、先ほどまで余裕の笑みを浮かべていた老人でさえも、背筋の寒さを感じずにいられなかった。

 この男は次元が違う。

「さて、最後まで生き残こっていれば良いんだな」

 不倒の英雄。
 一線を退いてもなお、伝説と称される男は岩のような肉体をさらけ出して、目の前の敵に問いかけた。

「気がついているとは思いますが、ハイネの連中もあなた方を狙っている。旧市街始まって以来の一大抗争になりますな。さて、どれくらいの死者が出ることやら」

「……貴様……」

「御仁、それでもブラッドを狙うのか?」

 しばしのにらみ合いが続く。
 誰も動こうとしなかった。崩壊した二階部分から落ちる血の水滴が、時折ぽちゃんと地面に落ちる音だけが響いていた。たかが一人の男を前にして、多勢を率いる老人は、その瞳をそらさざるを得なかった。

退くぞ」

 彼らが選んだのは撤退だった。ハイリスクの戦いに深入りすべきではない。そう判断したアルトゥーロは倉庫から去っていた。足音が遠ざかり、完全に周囲の気配が消えてから、エーリヒはふうと息を吐いた。

「これで一件落着ですな」

  闘気を収めたエーリヒの背中に、ダンテは疲れ切ったように頭を下げた。

「やれやれ、すっかり助けられてしまった。面目が立たない」

「なぁに、顔と虚勢で勝ったようなものです。実際にかかってこられたら、ひとたまりも無かった。ダンテ先生こそ、その刀……」

 エーリヒはさっと、ダンテが握る童子切に目を落として言った。

「まだ何か隠し球がありそうですな」

「まさか。もうあれ以上は無理だったよ」

「ぜひ、いつか手合わせをしてみたい」

「……勘弁してくれ」

 手の内にあった刀を消して、肩をすくめたダンテは、立ちすくんでいたシオンとイムドレッドに歩み寄った。焦燥仕切った顔の二人の前に立つと、その頭を撫でた。

「良く無事でいられたな。頑張った、二人とも」

「先生も無事でよかった」

 嬉しそうにはにかんだシオンだったが、窓から覗く日差しに目を細めると、申し訳なさそうに言った。

「でも対抗戦には間に合いませんでした。作戦を全て遂行することはできませんでした。僕が……遅かったから」

「いや上々だ。イムドレッドを奪還して、大人三人を倒した。それだけで十分過ぎる結果だよ。胸を張れ」

「……先生」

「一件落着だ。もっと喜べ。さ、イムドレッドに言いたいことがあるんだろう」

 その言葉にシオンは涙を滲ませた。潤んだ瞳をごしごしと拭って、彼はイムドレッドの方を見た。

「イム。君が生きていて、本当に良かった」

「……シオン」

 イムドレッドはシオンの肩口の傷に視線送った。

「すまない」

 光弾によってえぐられた傷は致命傷にはいたっていないが、痛々しく出血していた。申し訳なさそうにイムドレッドは唇を噛んだ。

「俺が悪かった。俺がお前に何も言わなかったから。結果的にお前をこんな危険に巻き込んでしまって……」

「もう良いんだよ。イム」

 言葉を遮る。

 シオンは肩を寄せて、そのままイムドレッドの身体を引き寄せた。背中に手を回して、強く抱きしめて微笑んだ。

「君が僕のためを思ってくれたのは知っている。だから謝らないで。これは僕が勝手にやったことなんだから。もう取りつくろうのはしなくて良いんだ。僕たち友達なんだから」

「……友達」

「これからもずっと一緒にいてよ」

 すぐそばのシオンの体温をイムドレッドは感じた。温かくて優しい。決して届き得なかった地平。光刺す場所にあるもの。さび付いていた心が、緩やかに溶けていくのを感じて、イムドレッドはシオンの身体を抱き返した。

 自分が何を失おうとしていたか。

 自分が何を見失っていたのか。

「もちろん……ずっと一緒だ」

「約束だよ、イム」

 お礼を言わなきゃと思っていた。
 お前の手に本当に救われたのだと。自分の足で踏み出すことができたのは、お前のおかげなんだと。だからお前に何かを返したかったんだと。

 でも……あぁ、そうだ。

 この体温だけで感じる。感じ取ることができる。言葉にするよりも、一緒に居ることの方がずっと大事なことだったんだ。俺が求めているのはこれだった。優しくて温かいものがここにあるということ。もろくて壊れやすいものと共に生きられるということ。

 イムドレッドは目を閉じて、声をあげて泣きじゃくり始めたシオンに「相変わらず泣き虫だなぁ」と言って、自分もポロリと涙をこぼした。

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