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第13話 大英雄、動揺する
しおりを挟む木々の隙間の獣道を、パトレシアはすいすいと進んでいく。
この辺の道は入り組んでいて、油断すると全然違う場所に行ってしまったりする。
「さすがパトレシア、もう道を覚えてるんだな。まだここに来てから半年くらいしか経ってないのに」
「苦労したけどね。最初は全部同じ道にしか見えなくて、ナツに教えてもらってなんとか覚えたわ」
「そうか、資産家のご令嬢にとっちゃ、田舎の道なんて全部同じか」
「もー、そういう事言わないで。何とか馴染もうとしているんだから」
「悪い悪い。それにしても未だに慣れないな」
「何がよ」
「パトレシアがサラダ村にいることだよ。こんな片田舎に越してくるなんて信じられなかったからな」
経済都市で莫大な財産を築いていたパトレシアたちが、サラダ村に引っ越してくると聞いた時は流石に驚いた。
歩いてまわるだけで1日はかかると言われた豪邸から、彼女たちは簡素な一軒屋で暮らし始めた。
「使用人がいないと、食料も自分で買わないといけないのね」
……などと、引っ越し当初はふざけたことを言っていたが、今ではしっかり自分の畑を開墾し始めるなど、精力的に活動している。
「急がなきゃ。小麦が無いとパンが食べられなくなっちゃう」
食料の重要さを理解したからか、今ではパトレシアは「小麦が無いと、お菓子も食べられなくなっちゃう」とブツブツ言いながら森を走っている。
水車小屋にある小麦は、冬場になって厳しい寒さが襲ってきた時に蓄えているものだ。このままだと彼女の言う通り、パンもお菓子も食べられなくなってしまう。
パトレシアの後を追いかけながら走っていくと、やがて小さな円形の広場が見えてきた。村人達の怒号も聞こえてくる。
「水車小屋はこの辺りか? 敵影は確認出来ないけれど」
「速くて見えないの。近づくと襲ってくるから、いったん草陰に隠れて!」
森を抜けた先にある水車小屋の方角からは、村人たちの怒号と排水管が壊れたような水が噴き出す激しい音が聞こえていた。
パトレシアの言う通り、手近な草陰に隠れて、水車小屋の様子をうかがう。
小屋の方に目をやると、空中を縦横無尽に飛び交う生き物がいた。
「あれだ! いたいた!」
「……何だあれ」
パトレシアが指差したのは数百と飛び交う無数の小魚。渡り鳥の群のように、集団を成しながら、低空飛行で小屋の周りをクルクルと回っている。
見たことがない魔物だということはともかくとして、それにしても数が多い。そして、ものすごいスピードで飛び回る割に、することと言えば水を吹き出すだけ。
繰り広げられる光景に目が点になる。
「そっち行ったぞー!」
「捕まえろー!」
「ちょっと、水が、あわあぁああ」
虫取り網でトビッコウオを捕えようとする村人が、水鉄砲によってどんどん流されていく。相当苦戦していることは間違いない。虫取り網なんかでは対応出来ないことは明白だった。
「私の魔法で退治しようと思ったんだけど、数が多すぎて……」
パトレシアが困ったようにため息をつく。
ビュンビュンと風を切りながら、トビッコウオは我がもの顔で水車小屋の周囲を飛翔していた。近づこうとする村人から、どんどん水に押し流されている。
攻撃魔法を使うことができる何人かが、遠距離からの攻撃を試みているが、ダメージを与えられている様子はない。
「風の魔法、拝咲!」
1人の村人が放った突風による攻撃も、軽々とかわされている。水車小屋があるせいで火力のある攻撃が撃てないのも事態を面倒にさせている。
それを分かってか知らずか、トビッコウオたちは我が物顔でひゅんひゅんと空中を飛び回っていた。
「厄介だな」
数の多い敵は、俺の魔法にとって最も相性が悪い。
的が多い分、索敵にかなりの集中力と魔力が必要になる。
「パトレシアの属性は空魔法だったよな。電気ビリビリみたいなやつ。あれ使えば良いんじゃないか」
「いや、ああいう水の魔物とは相性が良いけれど。下手に使うと、みんなも感電しちゃうんだよね」
パトレシアは5大元素の『空』と呼ばれる属性を持っている。魔力を介して電撃を出すことができて、攻撃魔法としてはかなり優秀な部類で範囲も広い。
その威力が今回、逆に厄介なことになる。
水浸しのこの状況でむやみに使用すれば、近くにいる村人もろとも感電しかねない。そりゃそうだ。
救援に到着したは良いものの、うまい討伐方法が思い浮かばない。下手に攻撃すれば、敵を警戒させてしまう。
攻めあぐねていると、パトレシアが覚悟を決めたように言った。
「慣れてないけれど、できるだけ範囲を狭めて攻撃してみる。村人から離れたところに魔法が着弾するようにすれば、魔物だけを仕留められる。それには、相手の動きが厄介なんだけど……」
「要は固定魔法でトビッコウオの動きを止めれば良いのか」
「さすがに理解が早いね。そう、アンクが魚の動きを止めている内に徐々に空魔法で殲滅していくのが良いと思う」
「悪くないな」
数の多いトビッコウオを固定するには、相当な集中力が必要だが、出来ないことはない。
注意が村人に向いている今は攻撃のタイミングとしても悪くない。
「敵がまとまっているうちに終わらせよう」
「うん、そうだね」
トビッコウオは群れになって行動している。一網打尽にしてしまえば、一気に勝負を決めることが出来そうだ。
「さぁ、ちゃっちゃと終わらせよう」
「油断しないでよ、アンク」
「まさか、しっかり集中すれば問題ないさ」
いつもと同じように索敵の魔法で、攻撃範囲を定める。ビュンビュンと飛び交う魔物の1匹1匹を固定するように、いくつもの箱をイメージする。
頭の内側がピリピリと軋む。集中力を必要とする魔法が、脳に負担をかけているのを感じる。
「……村人が離れた。俺が一旦前に出て、注意を引き付けるから、合図をしたら攻撃してくれ」
「オッケー、じゃあ準備するね」
パトレシアも同じように魔法をかけるために、精神を集中させる。目を閉じて、手のひらに魔力を集中させながら、横にいる俺にもたれかかる。
や、柔らかい。
「お……?」
繰り返すが、魔法においてもっとも重要なものは集中力だ。
イメージを上手に組みたてられなければ、どんな手練れの魔法使いだろうが、出来損ないの魔法しか打つことが出来ない。
「おっ……ぱ」
これはだめだ。
雑念が強すぎる。魔法がうまく発動しない。
ぷに。
俺の腕にパトレシアの柔らかい胸が、ぎゅっと押し付けられる。
あえて視線を外していた胸の部分。レインコートの下に透けていた下着が脳裏をよぎる。
「あ、やばい」
集中して作ったイメージの箱が、歪んで崩れたのが分かった。
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